アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 206

前回、引用を終え公判調書の頁を一枚めくると三度目の上申書が載っていた。日付けは昭和四十三年三月二十七日。前回の上申書提出から十日程で出されているので急ぎの用事であろうか。早速引用してみる。「上申書 石川一雄  私は殺人等被告事件に依り、東京拘置所に勾留中の者でありますが、昭和四十三年三月十六日付で提出しました上申書(裁判の早期進行、証人採用のお願い)が説明不足であったことをお詫びし、再度茲に上申書を提出する次第であります。一、既に冤罪で背負わされていうことの事実はお解りいただけたものと存じますが、先日提出致しました上申書は何でもかんでも裁判を早くとお願いしたのではありません。それ処か騙されたとはいえ、私が愚かだった為に世間様をお騒がせしているのでありますから御綿密に御調べいただいた上で出して頂きたいと思っている次第です。従ってその為の長時間でしたら、決していといません。従って池田正士さんの証人採用して頂きたいのは固より、他にも二、三人を立てて頂きたいと思っているので弁護士さん共、相談した上で新たにお願いしようかとかように思っています。何卒宜しくお願い致します。以上 裁判長殿の公平なる御審理の程御願い申し上げます」…………………(句読点を含み全て原文ママ)       なるほど、文面に書かれた通り、前回提出の上申書、その補足説明の手紙であるのだな。そしてこの日、同じく東京高等裁判所刑事第四部宛にもう一つの手紙が届いている。差出人は北大触媒研究所長 : 戸谷富之氏である。「前略  被告石川一雄の筆蹟鑑定をお引受けしておりましたが、昨年の夏は、私の母が胃潰瘍で手術を致し、老齢で回復がはかばかしくなく看護に明け暮れていまい、また冬休みは義弟が急逝し、面倒を見なくてはならない間柄であった為、正月休みも鑑定書を仕上げる事が出来ませんでした。昨年十一月までに呈出(注:1)出来るよう心がけておりましたが、お約束をたがえて申訳なく思っております。おおよそのところはすでに出来ておりますが、最後のまとめにどうしても十日間程全く没頭出来る時間が必要なのですが、五月にはソ連アカデミーに招聘されておりますので、帰国して、六月か七月初めまでには仕上げたいと思います。それまでお待ち願えれば幸甚と存じます。右とりあえず御願いまで。北大触媒研究所長  戸谷富之」…………… (注:1)の『呈出』という字であるが、私は初めて目にした。誤字かと思い検索すると、しっかりと存在するのであった。誤字と思った自分が恥ずかしい。さて、この戸谷富之氏の手紙に対し、裁判所側から何らかの返信があったと思われ、三か月後の六月二十六日、再び戸谷富之氏から裁判所へ手紙が届いている。「お手紙拝受いたしました。鑑定が心ならずもおくれていて、本当に申訳なく存じております。色々やっておりますと問題点が種々出てまいりまして、際限がないので之までに一応ととのえた資料でまとめ、来月半ば位までにお手許にお届け出来るようにしたいと準備しております。今度はお約束を違えることなくすむと存じますが、万一の場合にはお手紙のような処置で結構だと存じます。暑さの折からお体くれぐれも御自愛下さい。まずは取りいそぎ御返事まで  六月二十六日 戸谷富之・   久永正勝殿」……多忙をきわめる戸谷氏。なるほど、こういった事情も重なり、裁判の進行に影響してゆくのだな。とは言え、突然降りかかって来た、濡れ衣を着せられた石川一雄氏は、この時点で五年近く勾留されており、その絶望感は計り知れない。文字通り、一縷の望みに賭ける状況が続いていくのである。                  

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( こういった平穏な日々がいかに貴重であるか、ウクライナ情勢を見聞きし、想いに耽った)