アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1207

狭山事件公判調書第二審3725丁〜】

                                     『鑑定』

                                                                               磨野久一

○鑑定資料

(一)狭山市大字上赤坂:中田栄作方に投げこまれた脅迫文。

(二)狭山市入間川石川一雄が書いた上申書、早退届及び通勤証明交付願。

(三)昭和三十八年七月二日付 石川一雄の検察官に対する供述調書に添付してある文書(脅迫文)。

(四)高村巌が昭和四十一年八月十九日付作成した鑑定書。

○鑑定事項

①前記鑑定資料(一)と、(二)及び(三)が同一筆跡なりや否や。

②鑑定資料(四)に掲記の、「鑑定資料」(後記)によってその記載の如き鑑定は成立しうるや否や。

後記

一、第一八七号証の一(脅迫状)。但し、中田江さく宛の        封書。

二、被告人石川一雄から内田裁判長宛の手紙。

三、第二〇号の一。但し、石川一夫名義の中田江さく宛の封書。

                                            *        

                                     『鑑定書』

一、鑑定資料

(1)脅迫状本文

(2)昭和三十八年五月二十一日付  石川一雄作成の上申書。

(3)戸谷鑑定人の被告人に対する質問。

(4)昭和三十八年七月二日付  石川一雄の検察官に対する供述調書添付の脅迫状。

二、鑑定事項

(a)昭和二十四年乃至二十五年当時(以下当時と略称する)の小学校国語科の教科書は縦書きであったか横書きであったか。

    ○小学校中学年(三〜四年)の一乃至二単元の教材(観察記録文)を除いてほとんど縦書き表現をしていた。

(b)当時の国語指導の方針は横書きか縦書きか。

    ○小学校においては縦書きである。したがって、指導においても縦書き表記の指導がほとんどであり、数量的表現を多く用いる観察記録等を書かせる場以外には、とりたてての横書きの指導の場は少なかった。現在においても、小学校国語科においては縦書き表記を主体としている。

(c)小学校児童低学年、中学年、高学年の三段階に分けた場合、文書について完全に句読点を付することのできるのは、通常(平均的に)どの学年に達することが必要であるか。

    ○小学校高学年においても、まだ正しく付することのできない児童が多い。昭和二十九年頃の「小学校児童の作文にあらわれた誤りについて」の京都市の実態を一例としてあげる。(以下百名中)

    一、「、」「。」のないもの。

学年    1     2     3     4      5     6

人数   70            12   20    25   28

   二、「、」のみ打ってないもの。

学年    1    2     3    4    5    6

人数                    52  28   23   13

(昭和二十九年・調査「国語学力 その学年基準」有朋堂・昭和二十九  後記添付)

(d)以上の各事実を前提にした場合、本件脅迫状本文(以下本件文書という)の筆者の学歴、読み書き能力を推定することは可能であるか。

   ○可能である。

   通信文、もしくは用件を知らせようとする文を横書きで表記できる為には、通常、相当の練習を必要とする。当時の小学校の学習において、横書きの機会は比較的少なく、とくに作文や、自分の意思表示をする為に横書きをすることの少なかったことから考えても、筆者は横書きに慣れていることが推定される。

   さらに、本脅迫状のように、その表現にあたって横書きを選んだ筆者は、平素、横書きの文章を書く場を持ち、横書きに書き慣れている者であると考えられる。

   また、本文章に付されている句点は、極めて正確であり、筆者の文意識の正しさを示している。

   さらに、横書き文に句読点を付することは、縦書きに比しむずかしいものであるが正確であること、最後のセンテンスにおける接続助詞の次に読点が付されていることからは、筆者が本来正しく句読点を付し得る能力を持っていることが推察される。

(続く)