相変わらず本日も、弘前大学教授夫人殺人事件の真犯人について触れてみたい。おことわりしておくが、以下の文章は昭和四十六年頃に発売された古い週刊誌記事に基づいている。
【真犯人=滝谷福松】④
いま触れている弘前大学教授夫人殺人事件であるが、参考にしている古い週刊誌が発売された昭和四十六年の時点では、那須隆は再審請求の準備段階であり、滝谷福松は「真犯人は私だ」と名乗り出たという状況となる。つまり、那須は無実を証明できておらず、滝谷も真犯人と認定されていない状態である。この状況下で、学習院大学の香川達夫教授は、以下のように述べている。

(写真は香川達夫教授)
「① 犯人とされてきた那須さんを救う道は、再審しかない。『過ちを改むるに憚(はばか)ることなかれ』として設けられたこの制度も、実際の運用となると、必ずしも簡単にはゆかない。再審を請求できる理由自体に制限があるし、仮にその理由があっても、元々この制度自身が、前に出た有罪判決をひっくり返すための制度であるだけに、その要件はきびしく定められている。
もっとも、那須さんの場合、滝谷さん自身が真犯人であると名乗り出ているので、再審の理由はあるといえよう。ただ問題は、滝谷さんの言い分だけでは十分でなく、それを具体的に裏付ける証拠が必要である。二十二年前の事件を掘り返して、どこまでもってゆけるか、担当弁護士の苦労が思いやられる。
加えて再審手続きの場合、まず請求の理由の存立が判断され、理由ありとされて、はじめて内容に入るといった二段構えになっている。そして再審請求の大部分は、前者の段階で、いわゆる門前払いをされているのが通例である。過日亡くなられた、いわゆる昭和の岩窟王が、青天白日の身になるまでには、実に五十年の歳月が流れ去ったことを思えば、再審の壁は厚いと言わざるを得ない。何でもかんでも再審でやられてはかなわない、とする気持ちもわかるが、旧刑事訴訟法時代から変わらない、再審制度そのものの反省が、そろそろやってきたのではなかろうか。
② ともあれ、仮に再審の結果、無罪とされれば、国はその旨を新聞等に公示しなければならない。ただ無罪となり公示されたとしても、那須さんが、長期間刑務所で服役してきたという事実は変わらないし、また変えようもない。こうした、いわれ無い苦痛に対する償いは、目下のところ国を相手取って損害賠償を請求するか、刑事補償を求めるしかない。
前者であれば、請求額に制限はないが、後者なら一日の単価が六百円以上千三百円までと制限される。現実に身体の拘束を受けた日数に、既述の単価を乗じたものが補償額である。そしてその実情は、最高単価が基準となる例はめったになく、多くは最低単価に若干の金額を上乗せした単価で算定されるのが通例である。
過去二十二年の長きにわたって、国から、そして世人から、殺人者として扱われ、有形、無形の迫害を受けた那須さんが、今ようやくその泥沼から脱出できようとしているとき、補償額の計算などして非常識なと言われそうだが、私の言いたいのは、金額であるよりも、むしろ受けた苦悩に対する補償が、いかに微々たるものであるかを知ってほしかったからである。
最初にこの事件を担当した青森地裁弘前支部が、血液の一致だけで、有罪とするわけにもゆかないとして、無罪に踏み切った勇断が、なぜ二審で維持されなかったのか。科学に対する過信が人生を変える事例は、なにもソユーズ11号事件に限らなかったようである。
③ 他方、滝谷さんについては、すでに時効も成立しているので、たとえ本人の言うとおり真犯人であっても、法律上は手のくだしようがない。それなら、逃げ回っていたほうが得といった感じを持たれようが、時の経過を考慮にいれ、その事件に対する社会的影響の微弱化を考えて、時効制度がある以上、それは致し方ないところである。時効期間の経過により、罪を免れた例は滝谷さんだけではない。
ただ、那須さん自身も語っているように、この事件そのものが、昭和二十四年八月に行なわれている、当時は新旧両刑事訴訟法の切り替え時であった。新しい訴訟法に馴染まない捜査当局が、いわゆる初動捜査の段階でミスを犯したという事実は推測するにかたくない。十分その危険性があり得たとする点では、すでに新聞紙上を賑わした当時の著名事件と共通した点を持っている。
ただ後者が華やかに取り扱われ、それが原因であるかどうかの詮索は別にして、ともかくも事前に救われたのに対し、そうした機会に恵まれず、服役するほかなかったとするなら、明暗を異にした点については考えさせられる問題もある」
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現在は西暦2026年(令和8年)であり、本件が冤罪事件であったことは周知の事実だが、この当時に書かれた記事からは、那須隆、滝谷福松、そして弁護人などの関係者の、今後の行方への期待と不安が感じられ興味深いものがある。情報源としての古い週刊誌は、そういう点で侮れないのである。




















