◯本日も、句読点が省かれたりしている検事調書に目を通してみたい。また、あえて原文通りに句読点を打っているため読みづらい部分がある。
【供述調書(甲)】
職業 鳶職手伝 氏名 一夫こと石川一雄
右の者に対する強盗強姦殺人死体遺棄被疑事件につき、昭和三十八年六月二十四日 川越警察署分室において本職は、あらかじめ被疑者に対し自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取調べたところ、任意次のとおり供述した。
一、私は善枝ちゃんを殺してしまってから、善枝ちゃんが生きていて私が捕まえているから、金を二十万円持って来い持ってくれば無事に返してやるというおどかしの手紙を善枝ちゃんの家へ届けましたがそれを届けた時のことはこの前話した通りです。手紙を書いた時のことはこの後で話しますが私がこの手紙によって善枝ちゃんの家の人が金を持って来たら受取ろうと思い、五月二日夜十二時頃私が佐野屋のところへ行った時のことをこれから話します
二、私は五月二日の夜午後九時頃家を出ました。このとき時計を持っていないし家の時計をみたわけではないから正しい時間はわかりませんが大体九時頃と思います。私が家を出る時、私の家には、お父ちゃんとまあ子ときいち、みち子らがテレビをみていて母チャンは風呂に入っていました、まあ子というのは雪江のことできいちというのは清のことです
三、私がこの時家を出るときの身支度は、薄みどり色の長袖オープンシャツを着て前の晩もはいていたジーパンをはき七枚こはぜの足袋をはいて行きました。ふだん私達は七枚こはぜと云っているが実際はこはぜが十枚くらいついていて底の深いゴム底の足袋です この足袋は兄(あん)ちゃんのもので家の玄関にあったものです 私はこの足袋を仕事に行くとき兄ちゃんから借りてはいたことがあります
私はゴム半長靴は十文半のものをはいているし足袋も自分で買う時は十文半のものを買いますが兄ちゃんの足袋は九文七分と思います、私が兄ちゃんの足袋をはくと少し足が痛いけれどもはいて歩くことはできます この晩もこの兄ちゃんの足袋を黙ってはき出しました。私はその足袋を何処で買ったか知りませんが兄ちゃんは同じような足袋を五足くらい持っています。私が家を出る時は兄ちゃんは家にいませんでした
四、私が家を出る時は雨が降っていなかったと思います、私は家を出ると狭山精密の前から横へ出てやげん坂を通りそこから周り道をして佐野屋の南側の方の道に出ました、私が周り道をしたのは真っ直ぐに佐野屋の前へ行くと、若(も)しかして警察が来ていると捕まってしまうと思ったのでわざと周り道をしたのです之から私は私が通った道と待っていたところなどを図面に書いて出します

五、私がこの時通った道は私が石田豚屋にいた当時残飯運びをしていて何回も通った道です、時間ははっきりわかりませんがこの道を通ると私の家から歩いていくと一時間か一時間半くらいかかります 私はこの時歩いて行ったのです、図面にも書いてありますが町田の家の南の方の山の中で大体三十分くらい待ちました 赤い四角の印のついているところがそこです 時間ははっきりわかりませんが 私は五月二日の夜十二時に佐野屋のところへ持って来いということを書いてやりましたから大体その時間と思って佐野屋のところへ行きました、私が歩いて行った道は普通の道ではなく佐野屋の南の方から畑道を通って佐野屋の東側に出るように行きました、その時雨は降っていませんでしたが、雨がやんだ後で畑道は普通の固さでした、私は佐野屋の東側の畑の中で大体三十分か一時間くらい待っていました そこは川越街道の南側ですが私が待っていた場所はその道より十米(メートル)くらい畑の中の道へ入ったところです、私が待っている間に自動車が通ったか人が通ったか気がつきませんでした。私は石田豚屋の番小舎に住んでいたのでその附近の様子はよく知っています
六、私はそこで三十分か一時間くらい待ってから街道端の茶株のところへ出て佐野屋の方をみましたその時何時の間に来たのか知りませんが佐野屋のところに小母さんのような人が来ていました。何処に電気がついていたか覚えて居りませんがそこはうす明るくて小母さんは白っぽいものを着ていました、私とその小母さんの間は十米くらいはなれていました
私は金を持って来いという手紙に女の人が持って来いと書いてやったのでその女が金を持って来たものと思い「小母さん」と声をかけましたが声は小さかったが普通の声で呼びました。そして小母さんが
「おーい」
と返事をしたので細かいことは忘れましたが大体次の様な言葉のやりとりをして話をしました。
私「金を持って来たか」
女「待って来た」
私「こっちへ持って来てくれ」
そうすると女の人は少し近づいて来ました この時私と女の人は十米くらいはなれていました。その時女の人が金を持っていたか金包みらしいものを持っていたかわかりませんでした、そして私はその女の人と五分くらい話をしたと思いますが細かいことは覚えていません みていると女の人の横の方に誰か男が立っているように見えました、そこで私は
「誰かそこにいるではないか」と云い
「誰かいそうだから帰る」
と云って帰りました、その時私は金は受取りません
問=「その時 時間だから帰ると云わなかったか」
答=「そういうことは云わないと思います しかし細かい言葉のことは忘れました その話をしている時私は茶株の影に立っていました 私は女の人の姿はみましたがその時の明るさは男か女の見分けがつく程度の明るさであったので姿から女の年を判断することはできなかったが声の調子では三十すぎくらいと思いました、身の丈は私くらいと思いました 私は五尺一寸余りです」
七、私がその時のことで一番よく覚えていることは私がこっちへ来いと言ったら小母さんが少し近づいて来たことです、その時月が出ていたかどうかは覚えて居りません
問=「畑の中に足跡が残ったと思うか」
答=「雨の降った後ですから残ったと思います」
八、私はそこを立ち去ると駆足で一生懸命走って逃げたのでその後でどんなことがあったか知りません ただ町田忠治の家の近所で犬が吠えたのを覚えています たしか町田忠治の家の前の方でした、私が帰りに通った道は行く時通った道と同じです、私が自分の家へ帰ったのは五月三日の午前一時か一時半頃と思います、私は家へ着くと御勝手の風呂場の方から入りました 家の人はもうみんな寝ていましたがそこは鍵締りはしてありませんでした、この入口はふだん鍵をかけますがかけない時もあります、その晩は鍵をかけてありませんでした 私が家へ帰ったことは誰も気がついて居りません、私がはいて行った七枚こはぜの足袋は風呂場の中のコンクリー土間に置きました、そんなに汚れて居りませんでした その足袋はその後も家にありました
石川一夫 指印
右の通り録取して読み聞かせたところ誤りのないことを申立て署名指印した
狭山警察署助勤 埼玉県警察本部防犯課 司法警察員 警部 青木一夫
立会人 狭山警察署助勤 警察本部捜査第一課 司法警察員 警部補 遠藤 三

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◯とり立てて言うほどのことでもないが、脅迫状に夜十二時に金を持って佐野屋に来いと指示しておきながら、当の身代金受取り役は時計など持たず、いわばほぼ第六感で見事に時刻通りに身代金受取場所へ姿を現わしているという供述は、どうみても嘘である。真犯人(ら)は脅迫状へ「時が一分でも遅れたら子どもは死」とまで記述しており、思いのほか時間厳守を重んじていることが窺われるのであり、彼らは何らかの方法で時刻の経過等を把握していたとみられる。


















