【狭山事件公判調書第二審4051丁〜】
「逆吊りはありえない」
弁護人=木村 靖
*
f. ビニール風呂敷と縄を結んだ時の状況について。
六月二十五日付:青木一夫作成の調書では「ビニールの風呂敷は善枝ちゃんの足を縛る時に縄に足して繋いで使ったが切れた」となっており、縄にビニール風呂敷を結(ゆわ)いてから足を縛ったことになっている。
六月二十八日付同人作成の調書では「ビニールの風呂敷を使おうと思って縄に繋ぎ、善枝ちゃんの足に巻いて強く引っ張ったら切れてしまった」となっており、やはりビニール風呂敷は足を縛る前に縄に繋いだようになっている。
七月七日:原正作成の調書には「最初はビニールの風呂敷を引き絞って縄のように丸め、それで善枝ちゃんの足首を縛りビニールの端を麻縄に結びましたが、一寸引っ張ったらビニールが切れた」となっており、前二つの調書とは、違って先にビニール風呂敷で足首を縛ったようになっている。しかも二十八日付では「強く引っ張ったら切れた」が七月七日付では「一寸引っ張ったら切れた」ことになっていて、ここにも矛盾がある。
(4)結論
捜査官の逆吊りという想定を成り立たせ得るはずの自白が、以上述べたように重要な点で不合理であり矛盾があまりにも多く、曖昧であり、しかも死体及び芋穴自体が逆吊りを否定しているとすれば、この部分の自白は虚偽であると言わざるを得ず、逆吊りの事実は崩れ去ったと言わざるを得ない。
*
○弁護人=木村 靖の弁論は以上である。この後は弁護人=宮沢祥夫による「鞄・万年筆・腕時計と自白」なる弁論へと続く。
ところで木村 靖弁護士の弁論中、「八、欠けているボタンの行方」は興味深く読ませてもらった。被害者の制服に付いていたボタン三つのうち二つが紛失しており、これが未発見のままだというのだが、捜査当局はそれでこの問題は終わりとしている。ボタンはどこかに落としたのか、外れたか、あるいは誰かに持っていかれたものか、そこは定かではないが、"ボタン二つは見つかりませんでした"で済ますとはえらく簡単な片付け方である。捜査当局にとって犯行現場を含む周辺からボタンを発見するということは石川自供を強固に裏付けるはずであるのに、何故だろうか。
今現在この公判調書を読むも、東京高裁での判決が無期懲役と下されたことはすでに知った上で老生は調書を閲覧しているわけだが、その判決を言い渡した当時の裁判長=寺尾氏が、石川被告を弁護する側からなぜ猛烈な批判を受けたのかが、今ここへ来てようやく分かり始めている次第である。捜査当局側は様々な過ちを物ともせずにそれらを証拠とし石川有罪を主張、これに対し弁護側は科学的鑑定、また事実として石川被告が本件とは無関係である旨を裏付ける理詰めの弁論を展開するが、あろうことか裁判長は検察側の主張を認めたのであった。これだけの疑惑に満ちた捜査当局による捜査手段や証拠品とされる怪しい品々を、いやいや全く疑惑などなく、証拠品は真正のものであり捜査手法も完璧で適正だというのである・・・。
*
この狭山事件裁判は、やがては誤判であったという結末を迎えることは確かである。時期が来れば、裁判官らの政治的な"しがらみ"とは関わらずそして"出世欲"とも無縁な堅物裁判官が現われ、これを正しい判断で裁くことになると老生は予言しておこう。