【狭山事件公判調書第二審4049丁〜】
「逆吊りはありえない」
弁護人=木村 靖
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(3). 石川自供調書の矛盾について
a. 荒縄の張り方についての矛盾。
六月二十五日付:青木一夫及び同日付:原正作成の調書では「縄はぴんと張っていた」となっており、七月一日付:原正作成の調書では「縄はたるんでおらず張っていたが、比較的ゆるやかな引っ張り状況であった」となっており、七月六日付:河本仁之作成の調書では「縄はぴんと張っているように思うし、そうでなかったように思える」となっており、七月八日付:原正作成の調書では「縄の張り具合は強い張りではありません」となっている。
以上のように縄の張り方について、自白調書にはそれぞれ食い違いがあることを指摘しておく。
b. 死体の吊り下がり状況についての矛盾。
六月二十五日付:原正作成の調書では「死体が芋穴の底に着いていたか、ぶら下がっていたか判然しません」となっており、六月二十八日付:青木一夫作成の調書では「頭が穴ぐらの底に着いていたかも知れないけれども足はほとんど真上にあった」となっており、七月一日付:原正作成の調書では「善枝の体の頭からお尻までは穴の底に着いている状況ではなかったかと思う」となっており、七月六日付:河本仁之作成の調書では「死体が穴の底に着いていたか、それともぶら下がっていたか、どうもはっきりしません」となっており、七月八日付:原正作成の調書では「体は穴ぐらの底にある程度着いていたのではないかと思います」となっている。
このように、死体の吊り下がり状況についての自供も矛盾のある点を指摘しておく。
c. 死体の降ろし方について。
六月二十八日付:青木一夫作成の調書では「足から一メートルくらいの長さの所の縄を自分の右手に巻き付けて、穴ぐらの北側の方の側から頭の方から先に穴ぐらの中に入れた」となっている。
七月一日付:原正作成の調書では「縄を両手でしっかり握り、善枝ちゃんを芋穴の壁の方をずらすようにして縄を少しずつ緩めて穴の中に降ろした」となっている。
d. ビニール風呂敷の入手時期。
六月二十八日付:青木一夫作成の調書では「善枝を縛って目隠しした時」となっており、六月二十九日付:同人作成調書では「善枝を山の中に連れ込む時」となっている。
一日でこのように矛盾のあることも指摘しておく。
e. 足首の細引紐の結(ゆわ)き方。
六月二十八日付:青木一夫作成の調書では「拾ってきた縄二本のうちの一本へ麻縄の端を縛りつけ、麻縄のもう一方の端をもう一本の縄へ縛りつけました。そうすると結び目が二つ出来ますが、その結び目を二つ一ヶ所に揃えると、麻縄は二重になってその先が半分の輪のようになります。半分の輪のようになった麻縄の間へ、揃えた二本の縄を通すと輪が出来るから、その中へ善枝ちゃんの両足を揃えて入れて輪を小さくするとしっかり縛ります」 と"ひこつくし様"でない縛り方を供述したようになっており、七月七日付:原正作成の調書では「善枝の足首に縄をかけた時のかけ方は、縄の先の輪に縄を通して、縄を引けば輪が締まるような状況にし、その輪に足首を入れて引き締める方法をやりました」と"ひこつくし様"の縛り方を供述している。
この点も重大な食い違いのあることを指摘しておく。
(続く)
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○以上のように木村靖弁護士は、石川被告による供述内容の不一致さが自白の虚偽性を現わしていると指摘しているが、考えてみると、一貫性に欠ける供述を証拠とし採用した捜査当局の判断は致命的なミスを犯しており、石川被告の無罪を主張する側にとっては、むしろ好材料となっているはずなのだが・・・。
調書を離れ、散歩に出かけた。
川越の他に住みついて十年になるが、近所でこのような景色が見られることはとても喜ばしい。
野鳥らしき鳥とアイコンタクトを交わし一服する。
ここから二キロほど先には入間川が流れており、その河川敷なども老生は散歩コースとして利用しているが、そこを訪れるたびに思い出されるのが次に挙げる平成時代に起きた悲しい事故である。
「T-33A入間川墜落事故」
平成十一年十一月、航空自衛隊のベテランパイロット二名が乗るT-33Aが、年次飛行訓練を終え入間基地への帰投中、エンジントラブルが発生し埼玉県狭山市柏原・入間川左岸に墜落した。
墜落の直前まで二名は基地手前にある入間川沿いの住宅地や学校を避けるために操縦を続けた結果、脱出が遅れ両名は共に殉職した。
この墜落の直前に同機は手前にあった超高圧送電線に接触しこれを切断していたが、接触しなかった場合、機体はこの先の入間川上流の有料道路=狭山大橋に激突していたと見られ、その場合民間人の死傷者が生じる可能性もあった。
なお、両名のパイロットは最後の瞬間まで民間人に被害が及ばぬよう尽力しそれを確認後、脱出装置により機外へ放出されるもパラシュートによる減速効果が得られないまま地上に激突し即死した。この脱出装置を起動させた時、機体は地上から数メートルの位置だったとされ、ギリギリのタイミングにおいてもこれを行なった理由は、基地の整備士に対し脱出装置は正常に機能したことを示すためだったとされる。
自らの命を顧みず、民間人の安全確保に身を捧げた二人のパイロットに黙祷を捧げる。