アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1359

 「調書」とは、捜査機関(警察や検察)が捜査の過程で作成する、事実や証言を記録した書類である。具体的には、「検面調書」と「員面調書」の2種類があり、検察官が作成するものを「検面調書」、警察官が作成するものを「員面調書」と呼ぶ。今回より引用する文中に「員」または「検」という文字が見られるのは、上述した用語の略である。

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(荒縄)

(木綿細引ひも。写真二点は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用)

狭山事件公判調書第二審4121丁〜】

                       『物証をめぐる諸問題』

ビニール風呂敷、二本の木綿細引ひも、荒縄について

                                                                弁護人=福地明人

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"はじめに"

   ビニール風呂敷、二本の木綿細引ひも、荒縄の四つの物証は、いずれも死体発見現場及びその傍の芋穴から発見されたものである。これらの物証はその発見時の状況から考えて、犯人がこれらの物証で死体に対して何らかの作業をした、或いはしようとしたことを窺わせるものである。これらの物証が客観的に示している状態と、被告人の自白とが合理的な疑いを持たせない程度に適合しているかどうかは、その自白の真実性を検証する有力な尺度となる。その意味で、これらの物証の存在は、他の多くの物証と同じく本件において極めて重要な位置を占めるものである。

   弁護人は、一審以来これらの物証と自白との間に重大な矛盾があること、自白はこれらの物証が客観的に示している状況を説明し得ないでいることなどを明確に指摘して来た。特に、二本の木綿細引ひものうち、死体の首に巻かれていた木綿細引ひもについて被告人の自白が何らの説明をも示し得ないことの持つ重大な意味についてはすでに中田主任弁護人の詳細な分析がある。

   また、荒縄の出所についての多くの疑念についても同主任弁護人、橋本副主任弁護人らの弁論がほぼ完全なまでに問題点を明らかにしている。

   そこで、ここでは、弁護団の従来の主張を補充しながら、これら四つの物証の持つ問題を更に追求してみようと思う。(なお、四つの物証のうち、ビニール風呂敷については本日山上弁護人の弁論がかなり詳細に論点を指摘しているので、それを基本的に援用して私の意見を補充するものである)

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一、ビニール風呂敷について

   ビニール風呂敷について触れている被告人の供述調書及び公判廷供述は左の六つである。

(イ)昭38・6・25付青木一夫、遠藤三作成調書(以下6・25員という)

(ロ)同日付原正作成調書(以下6・25検という)

(ハ)昭38・6・28付青木一夫、遠藤三作成調書(以下6・28員という)

(ニ)昭38・6・29付青木一夫、遠藤三作成調書(以下6・29員という)

(ホ)昭和38・7・7付原正作成調書(以下7・7検という)

(ヘ)第一審第七回公判の被告人供述(以下被告人供述という)

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(一)ビニール風呂敷の使途に関する自白

(イ)6・25員「善枝ちゃんの足をしばる時に、縄に足(た)してつないで使いました」

(ロ)6・25検「ひものように引きしぼって善枝ちゃんを穴に吊るす前に足の方をしばりましたが、それは切れてしまいました」

(ハ)6・28員「足をしばるところだけは特別に丈夫なものを使わないとふつうの縄では切れてしまうと思いました。そこで私は善枝ちゃんの自転車の前の籠についていたビニールの風呂敷を使おうと思って縄につなぎ善枝ちゃんの足に巻いて強く引っ張ったら切れてしまったのです」

(ニ)6・29員「善枝ちゃんを穴ぐらのそばに運んでおきました。その時私は善枝ちゃんの両足を開かないようにビニールの風呂敷でしばったように思います」「ひの木(檜)の下で考えている時そのビニールを冠(かぶ)っていたようなお話をしたかも知れませんが、もしそういう話をしているとすれば間違いです」

(ホ)7・7検「最初はビニールの風呂敷を引きしぼって縄のように丸め、それで善枝ちゃんの足首をしばり、ビニールの端を麻縄に結びましたが、一寸引っ張ったらビニールが切れたのでやり直したものです」

(ヘ)被告人供述「善枝ちゃんの足をしばったです」「善枝ちゃんを穴の中へ入れようと思った時切れちゃったです」

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   以上から次のことが言える。

1.(イ)(ロ)(ハ)(ホ)(へ)は、多少のニュアンスの差があるが、いずれも風呂敷の使途については、それが被害者を芋穴へ吊るす際に足をしばるのに使った点ではほぼ一致している。特に(イ)(ロ)を受けて(ハ)はそのことをより詳細に述べている。(イ)(ロ)(ハ)の供述はその意味で発展し、深化している。

2.ところが、(ニ)は他の五つと全く異なった使途を述べている。(ニ)は(イ)(ロ)(ハ)(ホ)(ヘ)と完全に異質なものとして全く唐突に表れている。

3.しかも、この(ニ)を作成したのは、前日(ハ)を作成した青木一夫、遠藤三である。前日作成された(ハ)で「足をしばるところは特別丈夫なものを使わないと縄は切れてしまうと思い」、そこでわざわざ「ビニール風呂敷を使おうと思っ」たと具体的に述べている被告人が翌日、「善枝ちゃんの両足を開かないように、ビニール風呂敷でしばったと思います」と述べるのは、全くの矛盾である。同一人が、同一の捜査官に一夜明ければ前日と全く食い違うことを述べ、それが何の訂正の記載もなくそのまま調書になっている。そればかりではない。(ニ)では、ビニール風呂敷を雨具の代用にするため使用したことをも述べられている(いつ使ったかについては、わざわざ訂正理由が記載されている)。そして、この(ニ)と(イ)(ロ)(ハ)との矛盾は(ホ)の検面調書でも何ら手当がなされていない。

4.以上から言えることは、被告人がビニール風呂敷の使途を知らなかったことを如実に示している。

   使途についての供述が(イ)(ロ)(ハ)と発展しながら、突然(ニ)でひっくり返り、さらに(ホ)(ヘ)で元へ戻るのは、被告人が使途を本当に知らなかったのだということを示しているからである。

5.更に(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の五つの調書(注:1)は、その日付どおりの順序で作成されたのではないのではないかという疑問を提起させる。

   特に、前述のとおり、(ハ)、(ニ)とが連続した日付で作成されているのに、捜査官が供述の大変化について何の弁解をも聴取していない点はそのことを強く示唆すると言わねばならない。

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○次回(二)、「ビニール風呂敷の使用方法について」ヘ進む。

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注:1 この部分の文章は修正しここへ載せている。原文では「〜の四つの調書は〜」と記載されているが誤りであろう。ここはイ、ロ、ハ、ニ、ホで五つとなる。