【狭山事件公判調書第二審3999丁〜】
弁論要旨(昭和四十八年十二月更新弁論)
「別件逮捕・勾留及び再逮捕・勾留の違法性」②
弁護人=三上考孜
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被告人は、逮捕の理由となった、窃盗や暴行については、最初からスラスラと供述し、既に数日後には全部供述し終ったものであって、後は、善枝ちゃん殺しのことばかりについて取調べをされているのである。 そしてこの間、逮捕当日の五月二十三日と、五月二十九日の二回にわたって、被告人に対し、ポリグラフ検 査を実施し、死体の発見された場所や被害者の本が発見された場所などについて被告人に質問を発して検査をしているのである。
このポリグラフ検査の結果を知った長谷部刑事や狭山警察署長及び関巡査、更には原検事さえも、被告人に対して、「石川、嘘発見器にお前が善枝さん殺しをしたことが出ている。しゃべれば早く出してやるから、早く話せ」と言って、自白をそれぞれ入れ換わり立ち換わりして強要しているのである。
更に、警察官だけにとどまらず、弁護士と名乗る正体不明の男が面会に表われたり、狭山市長という男がやってきたりして、被告人に善枝さん殺しを自白することをすすめているのである。
このようなまことに奇異現象は、正規の弁護人の接見すら、容易に認められなかった当時の状況の下で、 警察が、何とか自白をさせようとして、故意に仕組んだ罠に相違のないものである。
これらの取調べが終って夜十時すぎになると、決まって、長谷部刑事が、被告人の目の前で善枝さんの絵を画いた紙を、ハサミで切り、「石川、お前こうして殺したのだろう」と一週間近くにわたって、 被告人をおどかし続けたのである。
六月十日すぎには、いつもの取調刑事と異なる、全く見知らぬ刑事が、三人もいきなり部屋に入って来て、「善枝殺しを話せ」と言って、数回に亘って、被告人の髪の毛を引っ張って拷問したのである(以 上、二審第二回公判、被告人供述参照)。
そして被告人の訴える右のような取調べの状況、内容は、それぞれ、当の捜査官達も、断片的にではあるが、概ねこれを認めるところである。
即ち、「再逮捕以前の段階でも被告人を善枝ちゃん殺しの件で調べていた」、「六月十七日まで調べていた東島と比較して、被告人の方が、善枝さん殺しについては疑わしいと思っていた」(青木一夫、二審第六回公判証言)。「狭山署で取調べていた頃、中田善枝殺しについても被告に発問した。そのほかに大体そこにいた者がみんな発問を多かれ少かれしている」(長谷部梅吉、二審第八回公判証言)。「石川と手をとりあい 、涙を流して泣き合ったことがある。被告人は、善枝ちゃん殺しについて中々自白しなかった。どういう風にして自白させるかについて、捜査会議なり、長谷部との間の検討に少しは携わったことがある」(諏訪部正司、二審第十回公判証言)。・・・・・・等々である。
これらの捜査経過をみるならば、捜査当局に、被告人を善枝さん殺しに関する強盗、強姦、殺人事件について、もっぱら取調べをする目的をもって、別件の窃盗等の容疑で逮捕、勾留したものであり、そして、 その拘束期間中、これを連日善枝さん殺しの取べに用い、勾留期間を殆どこれに費やしたものであることが明らかである。
(三) 当公判廷に提出されている被告人の供述調書を見る限り、このような狭山事件の取調べはあまりなされていないかのような外観を呈している。
しかし、被告人は逮捕当初から一貫して、善枝さん殺しについては否認していたものであり(被告人:二審第二回公判供述)、このような場合にいちいち否認調書を作成することのないことは、むしろ捜査の常識である。
したがって、このような供述調書に表われた外形は決して、別件逮捕、勾留の違法性を認める妨げになるものではない。むしろ、興味深いことには、このような供述調書においてすら、明白に捜査官が強盗、強姦殺人に関する供述を求めていることが見出せるのである、
即ち、当審第二十九回公判において、初めて提出された被告人の二十一通にのぼる供述調書を見れば、六月十一日の時点で河本検事が、被告人に対し、善枝さん殺しの取調べをなしたうえ、被告人に三人でやった旨の自白をさせているのである。そして、この調書は、被告人が調書の記載を認めず署名を拒否するところとなっているが、この調書では、もっぱら善枝さん殺しについてだけの取調べとなっており、検察官は、殺害場所、死体運搬の方法まで詳細に尋問をしているのである。
その他にも、五月一日から死体が発見されるまでの間のアリバイ供述を執拗に求めたり、死体の目隠しと、手を縛るのに使われていたタオルや手拭いの入手可能性、更には死体を埋めるのに使ったスコップの入手可能性などについて、何度も供述を求めていることが、窺(うかが)われるのである。
これらの被告人との問答は、捜査官において、仮に取調べがなされたとしても、その結果を別件たる事件の供述調書に著(あら)わすのを本来は避けるはずであるのに、これだけ多数の事項にわたって、調書の端々にその記載が見られることは、本件捜査の実体が、強盗、強姦、殺人にあったことを端(はし)なくも物語るものである。
(続く)
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○今、ここへ引用している狭山事件の公判調書であるが、これは埼玉県内の某図書館に所蔵されているものをコピーし、それを原本としている。コピーに際しては概ね問題なくその作業を遂行できたが、その過程で図書館員による指摘も受けている。この館員が言うには、著作権の関係上、コピーは書物全体の三分の二まで許され、全てコピーすることは出来ないという。
やや圧力を与えつつ指摘してくる館員に対し、しかし裁判記録とはその著作権は日本国に属し、つまり国の刊行物という扱いになるわけで、その場合は一般的な書物の著作権は適用されず、したがって裁判記録の全てをコピーすることは問題ないのではありませんか、この点を館長にご確認願いたいと老生は申し出た。
しばらくのち、この館員は、館長の判断により全てコピー可能である旨を渋々告げてきた。しかし告げながら、「でもここに、出版が部落解放同盟という記載があるからここへ確認を取らないと・・・」とつぶやくのを耳にし、老生は「是非、ご確認願いたい、できれば今すぐに」と進言するも、同僚から何やら囁かれ、この件は落ち着いた。
写真奥にそびえる紙束が狭山事件公判調書第二審のコピーである。