【狭山事件公判調書第二審3997丁〜】
弁論要旨(昭和四十八年十二月更新弁論)
「別件逮捕・勾留及び再逮捕・勾留の違法性」①
弁護人=三上考孜
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一、何人も、法律の定める適正な手続によらなければ、その生命や自由を奪われず、且つ犯罪を明示する正当な令状によらなければ逮捕はされないものであり、また、何人も正当な理由がなければ拘禁されないものであることは憲法が国民に保障した最も重要な基本的人権である(憲法第三十一条、三十三条、三十四条)。そしてこの憲法の規定を受けて、刑事訴訟法は、刑事事件において個人の基本的人権の保障が全うされなければならないことを宣言し(第一条)、逮捕、勾留に関する厳しい規制を設けているのである(第二百三条以下)。
別件逮捕とは、逮捕状を請求するだけの資料も存在しないのに、軽微な別件で逮捕、勾留して、その間の身柄拘束を利用して、本罪を取調べようとするものであり、再逮捕とは実質上逮捕勾留期間の満了した後に、同じような理由で再び拘束しようとするものであり、これらはいずれも、前記憲法、刑訴法の諸規定に違反する違法なものであることは明らかである。
いわゆる三億円事件に関する別件逮捕の不当性は、世論の厳しい批判を浴びたところであり、未だわれわれの記憶に新しいものである。このように別件逮捕、再逮捕の違法性を強調するのは学会の通説であり、多数の判例もこれを指摘しているところである。
例えば、高田卓爾・別件逮捕・捜査法大系1、柏木千秋・別件逮捕の諸問題・植松還暦記念、松尾浩也・別件逮捕と自白の許容性・ジュリスト四三二号、特集・別件逮捕の実証的検討・法律時報一九七〇年一〇月号等があり、裁判例としては、東十条事件・東京地判昭和四二・四・一二、東京麻布連続放火事件・東京地判四五・二・二六、蛸島事件・金沢地裁七尾支部四四・六・三、六甲山強盗殺人事件・大阪地判四六・五・一五、旭川地判四八・五・九、仁保事件差戻審・広島高判四七・一二・一四などがある。
(一) この点については、原判決も原則論的には別件逮捕、勾留の違法性を認め、このような逮捕、勾留に続いてなされた第二次の逮捕、勾留もまた違法、不当となることを認めている。
ところが本件においては、第一次の逮捕、勾留が、当初から強姦強盗殺人事件の捜査に利用されたものとなすことはできないとして、第一次、第二次逮捕の正当性を肯定したのである。
しかしながら、原審証拠によっても本件第一次逮捕、勾留が強盗強姦殺人(いわゆる狭山事件)について取調べる目的をもって、被告人を全く本件と関連性のない軽微な窃盗や暴行事件で逮捕、勾留したことが明らかであり、さらに引続いて、同種の罪名の下に逮捕、勾留を蒸し返したこともまた明瞭である。このことは、一審以来、弁護人が強調してきたところであるが、当審における新たな証拠調べの結果は、すでに今日の段階においても明白に本件逮捕、勾留の違法性を裏付けているものである。
(二) 昭和三十八年五月二十三日、被告人は、窃盗、暴行、恐喝未遂被疑事件で逮捕された。
しかし、その被疑事実たるや、本件の恐喝未遂を除いて、鶏や作業衣を盗んだとか、喧屋をして相手を殴 った、とかの極めて軽微な犯罪ばかりであった。
その中には、半年も前の昭和三十七年十一月頃の行為まで含まれていたのである。
これらは、いかに捜査当局が、当時何とか被告人の身柄を拘束しようとして、苦心してその口実をかき集めてきたかを物語っているものである。
そしてその取調べの実体は、初めから最後まで善枝さん殺しの捜査の連続である。被告人の当公判廷における供述(第二回)によれば、五月二十三日に逮捕されるや、いきなり、お前が善枝ちゃんを殺しただろうと聞かれ、数名の刑事によって、殆ど毎日善枝ちゃん殺しの取調べが続けられ、善枝ちゃん殺しのことを聞かれない日は全くなかったくらいの状況であった。
※(二)は続く
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○ところで昨日はお日柄もよろしいので、老生の地元で開催中の「川越ぺぺ古本まつり」へ出かけてみた。
川越ぺぺ古本まつりは、いわゆる一般人向けの古本まつりであり、守備範囲が事件・犯罪・冤罪という、かなり偏向した趣向である老生としては、結果的に空振りする率が多い催しと認識している。
この古本まつりでは、写真の本を買えることができた。これは持っていなかったのでうれしい。しかも二百円である。家へ戻り頁を開くと、本の内部から紙片が数枚ほど見つかる。
そしてその紙片の一枚が気になる・・・。
紙片をじーっと観察した結果、この本が、新刊から古本という身分へ落ち着くまでの経過が何となく推察できた。
この本が出版された当時、大阪市阿倍野区の旭屋書店アベノ店はこれを二十冊仕入れ販売した。しかし本書に売上カードがはさまれていたという事実は、本書が店頭で販売されることはなかったということを物語り、しかるに版元に返本もされず古書流通界へ流れ、周り巡って埼玉市浦和区「利根川書店」へと辿り着き、昨日、川越ぺぺ古本まつりの「利根川書店」棚でついに老生がこれを入手したという、このような推察ができたのだが・・・・・・。
購入した古本は昭和52年に第一刷(初版3000部)が発行されており、その一年後の日付が印字されたこの紙片とは辻褄が合うと思われる。何はともあれ長旅ご苦労さんということであった。