【狭山事件公判調書第二審4001丁〜】
弁論要旨(昭和四十八年十二月更新弁論)
「別件逮捕・勾留及び再逮捕・勾留の違法性」③
弁護人=三上考孜
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三. 警察、検察当局は、六月十七日に被告人に対し保釈がなされるや、直ちに、本件強盗、強姦殺人、死体遺棄事件により再逮捕をし、勾留決定、勾留延長を経て、被告人に本件に関する自白をさせ、七月九日に起訴するに至るまで再び二十三日間も、再度の逮捕、勾留による身柄拘束を強行したのである。
五月二十三日の逮捕に始まる窃盗、暴行、恐喝未遂等の別件の捜査は、その殆ど全勾留期間が、本件たる強盗、強姦、殺人の取調べに利用されたものであることは、前述したとおりである。
勾留期間(延長も含め二十三日間)が過ぎた段階で新たに被告人を逮捕し、勾留して、引き続き身柄拘束を続けることは、刑事訴訟法の定める厳しい勾留期間の制限規定(最大限でも二十三日———— 第二〇八条他)を明らかに潜脱(注:1)するものである。
被告人は、五月二十三日の逮捕から七月九日の起訴に至るまで何と四十八日間(別件起訴後、保釈決定の日までの分も含め)も逮捕、勾留され、狭山事件の取調べを受けたのである。
本件狭山事件(強盗、強姦、殺人等)に関する自白は、まさにこの再逮捕、勾留による、被告人に対する計り知れない精神的、肉体的打撃の結果なされたものである。
これは明らかに逮捕、勾留のむし返しであって、戦前の治安維持法時代の悪弊にも等しいものであり、極めて違法な逮捕、勾留と言わなければならない。
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四. 以上のように、第一次逮捕、勾留は実質上、強盗、強姦、殺人で逮捕する資料も存在しないのに、これを微罪事件に名を藉(か)りて逮捕し、その実は強盗、強姦殺人の取調べにもっぱらこれを利用したものであり、更に第一次逮捕・勾留は、この違法拘束に引続き法の勾留に関する規定を潜脱して、本来逮捕してはならないものを再度逮捕・勾留したものであり、いずれも憲法第三十一条、三十三条、三十四条及び刑事訴訟法二〇三条以下の各規定に違反する不当なものである。
そして、この違法な逮捕・勾留期間中に得られた本件被告人の各供述調書は、当然その全ての証拠能力を否定されるべきものである。
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五. 以上のように、今日までの審理においても、本件石川被告の捜査段階における逮捕・勾留は違法、不当なものであることが明らかであるが、更に、検察官の未開示証拠の中には、この点を一層明白に裏付ける資料が存在する筈である。
当裁判所におかれても、捜査段階における被疑者の人権保障の重要性に思いをいたされ、本件被告人の自白調書を全部排斥して、今後の公正な審理をすすめられることを望むものである。 (了)
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注:1 「潜脱(せんだつ)」=法令等による規制を、法令で禁止されている方法"以外"の方法により免れること。一見すると、法令等に違反していないように見えるところがポイントである。一般的な表現では、「法の網を潜(くぐ)る」が潜脱に近い意味を表わしていると言える。
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【狭山事件公判調書第二審4005丁〜】
「強姦・殺害・死体処理に関する自白の虚偽」①
弁護人:橋本紀徳
一、はじめに
(一)強姦・殺害・死体処理に関する自白は、本件の他の証拠、たとえば死体の状況など客観的事実を示す証拠と、重要な点で食い違い、今やその虚偽性は明白に暴露された。
したがって、この自白調書を基礎にして被告人の有罪を認定した原判決の誤りもまた明白に暴露されたのである。
(二)私達弁護人は、一審以来、今日まで、強姦・殺害・死体処理に関する自白について、次のような問題点をあげてきた。
1、自白に述べられているような姿勢・着衣のもとで強姦は可能か。
2、強姦の痕跡はあるか。
3、強姦されたとすれば、後手に縛られた手に、それにふさわしい外傷がみられないのはなぜか。
4、自白のような殺害方法と死体頸部に残る痕跡とは一致するか。
5、頸部にまきつけられている木綿細引の使途は何か。
6、後頭部の創傷は何を語るか。
7、左側腹部、左右大腿部などに顕著にみられる線状擦過傷は自白によって説明できるか。
8、両足首にまきつけられてある木綿細引及び荒縄の使途はなにか。
9、死体に「逆吊り」の痕跡を認めることができるか。
10、芋穴のなかのビニール風呂敷及び棍棒の使途はなにか、棍棒は本件とどう関連するか。
11、死斑の状況は自白と一致するか。
12、胃内容物の状況と殺害時刻。
13、スカートはどうして破れたか。
14、欠けているボタンの行方。
15、死体埋没現場のビニール片、玉石の意味。
16、死体に附着しており、殺害と関連あるものとされたタオル、手拭、木綿細引、荒縄、ビニール風呂敷、棍棒、玉石などの出所はどこか。
17、死体埋没現場附近の地下足袋の存在。
18、四本杉は殺害現場か。
(三)これらの問題点のうち、いくつかはすでに当審における審理により解明されている。
いくつかの問題点は今後の解明を待っている。
しかし、いずれにしろ、これらの問題点は強姦・殺害・死体処理に関する自白の虚偽性を明らかにし、また明らかにする。
先の順序にとらわれず、より重要と思われるところから順次意見を述べることとする。
(続く)
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○ところでこの当時、狭山事件には錚々たる、名だたる弁護士が関わっていたにも関わらず、その主張は裁判所には受け入れられず、結果、石川一雄被告には無期懲役の判決が下されることとなる。弁護人らの主張において、そこに何が足らなかったのか、あるいは余分な主張が含まれていたのか、この辺りにも客観的な検証が必要である。