○今ここで引用しているのは、昭和四十七年、東京高等裁判所での尋問(第二審)の模様である。この時期、被告である石川一雄氏が被差別部落に出自を持つということから犯人にされたとの見解で、部落解放同盟なる団体が昭和四十四年頃より糾弾を開始し、全国組織あげての行動を行なった。
(風雪の中、同団体と共に、息子の無実を訴える石川一雄の両親の姿)
【公判調書3177丁〜】
「第六十回公判調書(手続)」(昭和四十七年)
別紙
一、被告人の出頭
「被告人は、午後一時四十六分、証人中田健治の尋問中、同証人に対する尋問調書に引用の速記録に記載の時期に出頭した」
二、押送ならびに出頭拒否に関する被告人の発言
「被告人は、証人山下初雄の尋問に先立ち、特に発言の許可を求め、次のとおり発言した」
(発言の内容)
『今日の午前中の出頭拒否について、裁判長あての上申書を看守に提出しましたが、午後から出頭する考えになったので、その上申書は撤回しました。それで、出頭を拒否した理由について、ここで述べさせていただきます。
前回出廷の時、地裁庁舎の仮監から上がって通路へ出ると、公園の方が見える所があり、公園に解放同盟の人が支援に来ているので、看守は、公園の方を見ちゃいかん、というのです。
それで私が、何故見ちゃいかんのかと聞いたところ、看守は、そんな事は答える必要が無いというのです。それで私は、何故私だけが見ちゃいかんのか理由を聞くために今日の出頭を拒否して、上司に面会をつけました。今日午後の法廷に出廷して帰ったら私の言い分を聞くということになっています。
看守は、解放同盟の人の中には過激な行動をとる人がいるから見てはまずい、というのです。私が、見ちゃいかんなら幕を張れというと看守は、お前らの指図を受ける必要はない、と言います。窓が開いていれば見たくなるのが人間です。
私は、これまで、公園の方を見なかったつもりです。私としては支援してくれる人にあいさつやお礼をしたいのは山々です。しかし、解放同盟の人が発言して私がそれに答えると、反則というのがあって・・・、今日も、この発言について拘置所で懲罰を受けるかも知れません。昨日の取調べでは、私が語気鋭く述べた、ということになっています。 或いは少し暴言みたいな事を吐いたかも知れませんが、私は、間違ったことは言っていません。
私は理由を問う権利はあると思います。
今日午前中、出廷を拒んだのは、見ちゃいかんという理由を問うためにやったことですが、詳しくは上申書に書いて提出します』
以上
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この写真は昭和三十八年、つまり狭山事件が発生した時期に捜査当局により撮影されたものである。場所は狭山市上赤坂地区および堀兼付近となり、写真上部のやや左に点線による指示がなされているが、これは被害者宅を示し、写真中央下部付近には、身代金受渡し場所に指定された酒類雑貨商「佐野屋」が写る。
こちらの写真は事件当時の被害者宅である。
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『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
【公判調書3180丁〜】
「第六十回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=中田健治(三十四歳・農業)
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裁判長=「あなた、年は三十四歳ですか」
証人=「そうです」
裁判長=「職業は農業ですね」
証人=「はい」
裁判長=「住いは狭山市字上赤坂○○番」
証人=「そうです」
裁判長=「番地は前と変わっていない」
証人=「違っていません」
裁判長=「あなたは三十八年、大分前になりますが、九月三十日浦和地方裁判所第二回公判で証人として出廷されて証言しましたね」
証人=「はい」
裁判長=「その後まあ、今日まで裁判関係で出たことはありませんね」
証人=「ありません」
裁判長=「何か、検察官、あるいは警察で調べられたようなことはございますか」
証人=「その後ですか・・・・・・何か野菜に付ける荷札のことで警察のほうから聞かれたことはあります」
裁判長=「原審第七回公判、昭和三十八年十一月二十一日と、あなたは二回出ていますね。公判廷には」
証人=「そうですねぇ・・・・・・、ちょっと傍聴にも出てますから回数には記憶ありません」
裁判長=「今言ったように九月三十日が第一回で、十一月二十一日が第二回ですね。それでその後、いつ頃誰に調べられたんですか」
証人=「狭山警察の方だと思いますが」
裁判長=「いつ頃ですか」
証人=「去年だったと思いますが」
裁判長=「それ一回ですね」
証人=「それだけです」
裁判長=「浦和地方裁判所でやったのと同じように、高等裁判所での今日は調べなんですけれども、弁護人側の申立てによって来てもらったのですが、この事件は、あなたの家族が被害者となった事件ですけれども、そういう感情は別として、自分の覚えている限りの記憶に従って述べて下さい、いずれにしても嘘のことは言わないようにして下さい」
(証人宣誓)
裁判長=「まず裁判所のほうから、あなたの家族のことを伺っておきます。あなたの家族関係は昭和三十八年頃は、父親の栄作さんと、母親はおられなかったんですか」
証人=「いなかったんです」
裁判長=「そして、あなたの、一番上は姉さんですか」
証人=「そうです」
裁判長=「お嫁に行っていた」
証人=「いや、そうじゃなくて東京へ出ていたんです」
裁判長=「働きにですか」
証人=「結婚が破談になりまして、それで家を出てたようなわけで」
裁判長=「何という方ですか」
証人=「喜代子です」
裁判長=「この方は何歳くらいだったんですか」
証人=「私より三つ上ですから、現在三十七歳です」
裁判長=「今この方はどこにいるんですか」
証人=「今は田端駅の近くなんです」
裁判長=「何を職業にしてますか」
証人=「職人さんの奥さんになりました」
裁判長=「正式に結婚されたわけですね」
証人=「そうです」
裁判長=「そうすると、その下があなたになる」
証人=「そうです」
裁判長=「それからその下が亡くなった登美恵さんだったですか」
証人=「そうですね」
裁判長=「その下が被害にあった善枝さんかな」
証人=「善枝と登美恵の間に喜代治というのがいるんです」
裁判長=「この方は今いくつくらいになる」
証人=「十九年生まれですから、二十七ですか」
裁判長=「今、何をしてますか」
証人=「今、食堂経営です」
裁判長=「どこで」
証人=「狭山市南入曾○○です」
裁判長=「この方は結婚してますか」
証人=「ええ、してます」
裁判長=「その下が善枝さん」
証人=「そうです」
裁判長=「その下にいましたね」
証人=「武志というのがいます」
裁判長=「いくつですか」
証人=「成人式をしたところです。二十歳です」
裁判長=「学校に行っている」
証人=「はい、駒沢大学の夜間に通いながら、日本電話番号簿印刷という会社に勤めております」
裁判長=「会社員」
証人=「そうです」
裁判長=「こういう家族関係なんだが、お父さんはみんな同じですね」
証人=「はい」
裁判長=「お母さんは違う人がありますか」
証人=「いいえ、ないです。全部同じです」
裁判長=「同じお母さんからみな生まれた」
証人=「そうです」
裁判長=「お母さんはいつ亡くなったんですか」
証人=「二十九年だと思うんです。十二月三十日に病気で」
裁判長=「何の病気ですか」
証人=「脳腫瘍とか、です」
裁判長=「どれくらい病気になって患いましたか」
証人=「神経が麻痺し始めてから三、四年経っていたんじゃないでしょうか」
(続く)