アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1015

昭和四十七年、東京高裁の法廷では、狭山事件の被告=石川一雄が書いた自供図面上に、被告の鉛筆書きの線よりも"先に"つけられた筆圧痕が存在する疑いについて、専門家による鑑定結果を証言させている。

この筆圧痕の問題とは、要するにあらかじめ鋭利な道具を用いて紙面にくぼみを残し、そこを後から鉛筆、あるいはボールペンでなぞったのか、そうではなく、すでに書かれた部分を鋭利な道具でなぞったか、どちらが先でどちらが後かという鑑定を行なったわけである。四点の写真は「狭山裁判と科学・武谷三男編  社会思想社」より転載。

 さて、筆圧痕問題に関してはっきり言うと、被告の書いた鉛筆痕の前に先に筆圧痕が存在した、言い方を変えれば、すでに紙に付けられた筆圧痕を被告が鉛筆でなぞった、ということになると、事は途端にその規模を拡大させ、警察権力の犯罪の有無にまで広がる。

ちなみに当時、狭山署には複写機が存在しており、現に何枚かの石川被告の自供図面は複写機によりコピーされている。

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【公判調書3172丁〜】

        「第五十九回公判調書(供述)」(昭和四十七年四月)

証人=宮内義之助(六十六歳・藤田学園教授、千葉大学名誉教授)

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橋本弁護人=「一般的になるかも知れませんけれども、筆圧痕を先に付けまして、後から鉛筆痕を付けますと、その鉛筆の跡が筆圧痕と接する部分で断裂が生ずるということはございますね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「もっともこれ先生の鑑定書によりますと、完全に断裂の生じるもの、それから完全にはいかないけれども溝の部分でくびれたりするものなど、かなり多様に分化するようですが、それはやはり後から加えた鉛筆痕の圧力の程度によるんでしょうか」

証人=「どのくらいて、数学的には申せませんですが、傾向としてですね、鉛筆を強く用いますと、どうしてもその断裂の状態はなくなってまいりまして、一直線につながる場合のほうが多いようです」

橋本弁護人=「そうすると、鉛筆痕に加えられる圧力の程度によっては、先生の鑑定書でいう(イ)の現象と似た現象が生じることもあり得るということになりますか」

証人=「いいえ、(イ)とは意味が全然違いますです。ただ断裂だとか、そこの凹凸のところができるかできないかという問題でありますから、(イ)というのは全然別な観点からやっているところですから、だから(イ)のようなところができる、できないは別だと思います。全然意味が違います」

橋本弁護人=「鉛筆痕の断裂ができるというのは、つまり筆圧痕によって紙面に陥没部分ができるわけですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「その陥没部分に鉛筆の痕跡がすべては残らないので断裂が生じる、そういう意味合いでございますね」

証人=「そうです」

橋本弁護人=「鑑定書の主文の第三項と第五項、これは鉛筆痕の上に直接、筆圧痕が加えられたという意味でございますか」

証人=「第六項の後半の方に行を変えまして『前項の五においては、筆圧痕を形成した器物の種類は不明であり、また、資料に直接器物が作用したものか、あるいは複写をとるためにボールペンや鉛筆などが紙片-例えばトレーシングペーパーのようなもの-を介して直接に作用したものであるかも不明である』ということなんです」

橋本弁護人=「そうしますと、二と四のところは四項の場合には紙片の上にトレーシングペーパーのようなものを載せて、その上から筆圧痕が加えられたという意味の記載がございますね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「このように二項と四項では断定的に」

証人=「これは前の方の項に書いてありますが、実験がございまして、で、ここにありますこれは両方ともボールペンが作用したんではないかという疑いがあるものですから、それでそのボールペンをトレーシングペーパーのような薄い紙を介して作用させますと資料にあるような水色の斑点が出てまいるわけです。そういう風な事実から二と四はそうではなかろうかというような推定をしたわけなんです」

橋本弁護人=「と、トレーシングペーパーをしみ出して資料にボールペンのインクが残ったと、こういう意味ですね、先生の観察は」

証人=「はい、そうです。ただし、それはトレーシングペーパーであるか、あるいは似たようなものであるか、これは別です」

橋本弁護人=「それから、言葉の意味を確認するだけなんですが、予備実験の次の項目としまして、目次から数えまして十枚目の裏、四、本実験と書いてある次のページですが、ナンバー二〇三四丁についての観察が記載されております。ここに陽性部という言葉がありますけれども」

証人=「これは実験の結果ですね、その部に鉛筆の痕が残るということです。消しゴムによってやってみると交叉点ではその部に鉛筆の痕が少し残るというのを陽性と申しましたです」

橋本弁護人=「以下陽性部という言葉が使われていますけれども、同様の意味ですか」

証人=「そうでございます」

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裁判長=「そのそばに機序という文字が使ってありますね」

証人=「はい」

裁判長=「これはどういう風な意味にお使いになっているんでしょう」

証人=「経過と申しますか、そういう風ないきさつという、例えば、ナンバー二〇一〇のところに書いてあります例えばその一番最後のところに筆圧痕は鉛筆痕の上に薄い紙片をのせ、その上からボールペンで圧迫し、形成されたものであるといういきさつである、ということでございます」

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山梨検事=「(原審記録第七冊の二〇四九丁を示す)この裏にこう出てるわけなんですが、ここに(下側中央の別れ道)二重に出てるんですね、これがどうしてこう二重が出たかということがお分かりなりましょうか」

証人=「これ分かりません」

山梨検事=「あるいは筆記用具とかですね」

証人=「分かりません。実は分からないて、その時こういう風な問題を考えてみなかったんです」

山梨検事=「(同じく二〇五〇丁の図面の裏側を示す)こっちでも二重になったのがあるわけですね、筆圧痕を作った用具の種類なんていうのはそういうところから」

証人=「これは今見て申し上げるんですが、実は同じところを何回もこの絵図ではなぞったほかの図もありまして、例えば今申されました二〇四九丁のやつは非常にはっきりと平行しておりますが、今あとで示された二〇五〇の方は平行していないで、これは他のやつも同じようなんですが、平行しないで数回なぞった跡のあるものが大分ありましたんで、ただしここの今示されました二〇四九丁の方ですが、こちらの方は非常によく平行しておりますから、何か特殊なものでこういう風なことになったのかと思いますが、今のところ私よく分かりませんです。これ、作った器物が何であるかということは」

山梨検事=「そういうのが出来るのはなぞり方でしょうか、むしろ筆記用具から来るのでしょうか」

証人=「これは実験しないと、ただここでこれを見てどうかということは答えることはできませんです」

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昭和四十七年四月十八日     東京高等裁判所第四刑事部

                                                    裁判所速記官  重信義子

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○結論から言えば上野鑑定人同様、今回鑑定を行なった宮内鑑定人も「筆圧痕があとである」との鑑定結果であり、すなわち検察側の主張を支持したものとなった。

石川一雄被告は第二審において、被害者の鞄や腕時計の捨て場所の自供図面等について「遠藤警部が二枚のザラ紙を重ねて地図を書き、下の方の紙を渡され、その跡をなぞって地図を書かされたものもある」ことを明らかにしている。したがって「鉛筆痕があと」ではなく「筆圧痕があと」との鑑定結果を導き出した上野、宮内両鑑定人は石川一雄被告の証言を真っ向から否定した形となっている。

〈両鑑定人の鑑定作業期間〉

宮内鑑定人:1968年11月〜1970年7月(約20ヶ月)

上野鑑定人:1970年11月〜1971年6月(7ヶ月)

〈両鑑定人の鑑定結果〉

宮内鑑定人

①資料図面32枚中、15枚は検査対象にならず。

②15枚は筆圧痕があと。

③2枚は判定不可能。

④「筆圧痕が先」の図面と判定できるものは無し。

上野鑑定人

①1枚は判定不可能。

②ほかはすべて「筆圧痕があと」。

③ただし、図面番号2049、2050の2枚については綜合的判断から考えると「筆圧痕が先」との判断を述べつつも結果としては「筆圧痕があと」。