私は人影のない、それでいて陽当たりが良く、遠くに緑が見える広い場所を好む。その隅でひっそりと酒を呑み、狭山事件の公判調書に目を通すのである。
以前に、この事件及び公判調書が放つ緊張感にひたるため、堀兼・上赤坂付近の、つまり事件の関係場所付近の目立たぬ所でこの調書を読むという、私自身すら意味がつかめぬ行動を取ったこともあるが、今思えば、すこぶる充実した時間を過ごせたと思う。これは何か危ない病気に感染したのであろうか。
【狭山事件公判調書第二審3625丁〜】
「第六十五回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=野口利蔵(四十六歳・警察官=所沢警察署捜査係巡査)
*
裁判長=「警察官になったのはいつですか」
証人=「昭和二十三年一月十日です」
裁判長=「埼玉県巡査ですね」
証人=「そうです」
裁判長=「どこへ行ったの」
証人=「最初、飯能警察署に勤務しました」
裁判長=「それからどこへどういう風にかわったか、順を追って言って下さい」
証人=「昭和二十三年に飯能警察署の外勤を命ぜられまして、三年ばかりやりました。その後駐在所へ出まして、昭和三十年の一月、所沢警察署勤務を命ぜられました」
裁判長=「何をしていましたか」
証人=「捜査係です」
裁判長=「別に専門ということはないんですか」
証人=「当時は一係ですけど、現在は二係です」
裁判長=「一係というのは何をするんですか」
証人=「主に盗犯です」
裁判長=「その巡査たる身分は変わりませんでしたか」
証人=「変わりません」
裁判長=「その次は、どういう風な変わり方をしましたか」
証人=「それからずっと引き続き所沢勤務です」
裁判長=「その内に二係というようなところもやったと」
証人=「所沢警察署において二係と言いましても、まあ捜査は同じですけれども、捜査室は同じなんですけれども、係は別なんです」
裁判長=「じゃ、もっぱら盗犯」
証人=「二係と言いましても、盗犯捜査にも従事します」
裁判長=「じゃ同じだね」
証人=「はあ」
裁判長=「だいたい盗犯中心の仕事をしておったわけですか」
証人=「そういうことです」
裁判長=「その次は、今までずっと当時のままでやっているわけですか」
証人=「はい」
裁判長=「県警本部なんかには出たことないの」
証人=「ありません」
裁判長=「今、巡査部長ですか」
証人=「いや、巡査です」
裁判長=「三十八年当時はどういうことをやっていたんですか、所沢で」
証人=「盗犯捜査です」
裁判長=「この三十八年五月に狭山事件、いわゆる善枝ちゃん事件というのが起こったのを知ってますね」
証人=「はい」
裁判長=「何か、その方の捜査に従事したという関係があるんでしょうね」
証人=「はい」
裁判長=「どういう風な」
証人=「昭和三十八年の五月と記憶しておりますけど、所沢から狭山警察署へ応援を命ぜられたことがあります」
裁判長=「だいたい、いつからいつまでどういうことをやったか、概括を言って下さい」
証人=「狭山警察署へ応援に行きまして、狭山事件の一般捜査をしました」
裁判長=「一般捜査というのはどんなことをやったんですか」
証人=「確かな記憶は忘れましたけれども、当時応援に行きまして、善枝ちゃんを救出するということで各家庭をしらみつぶしに巡回連絡をやったと思います」
裁判長=「聞込み」
証人=「そうです、聞込みを兼ねて」
裁判長=「山狩りなんかに従事したことはあるの」
証人=「私は山狩りには従事したことはありません」
裁判長=「いつからいつまで狭山に応援に行っていたんですか」
証人=「確か、私が記憶しているのでは昭和三十八年の五月二日からだと記憶しております。約半月で戻ったと思います」
裁判長=「そして、その後は事件には関係しなかったの」
証人=「はい」
裁判長=「さっき捜査について捜査報告書のようなものを自分で作成して上司に報告したことがあると言いましたね。宣誓の前に」
証人=「はい」
裁判長=「それはどういうような事柄についてですか」
証人=「この捜査に従事している時は、毎日帰って来てから作成しました」
裁判長=「何通くらい作成しているんですか」
証人=「一日の捜査結果を、その日のうちに報告書作成をしました」
裁判長=「あなた一人の名前で出したという記憶なのか、それとも、一緒に捜査に従事した者と連名ということで出したか」
証人=「当時は複数で捜査したと記憶しております」
裁判長=「それじゃ複数で出しているね」
証人=「はい」
裁判長=「主にどういう事柄について出したという記憶がありますか」
証人=「いずれにしても狭山事件の一般捜査聞込みですから、その結果報告です」
裁判長=「だから、事柄のうち一つや二つは覚えているでしょう」
証人=「・・・・・・私の記憶ではスコップの関係の報告書を作成した記憶があります」
裁判長=「そのほかは」
証人=「そのほか、一般的な捜査で、目新しいことはなかったように記憶しております」
裁判長=「こういう事項、ああいう事項ということは覚えていませんか」
証人=「はい、記憶がありません」
(続く)