アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1416

(六月二十七日付の青木一夫作成調書の添付図面) 

(拡大してみると、確かに「かきのき」との横書き文字が確認できる)

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狭山事件公判調書第二審4248-28丁〜】

                                     『意見書』

                    東京高等検察庁  検事  大槻一雄  

                                                        昭和四十九年二月七日

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   六   さらに弁護人は、被告人の六月二十七日付司法警察員=青木一夫作成調書添付図面(2)によれば「出会い地点」から図面に向かって右脇の方に、独立した形で樹木のような絵が書かれており、その下に「かきのき」と横書きされていること、及び原審の検証に際し、立会人である検事=原正が「被告人が『被害者と出会った地点の付近に柿の木があった』と述べているが、その木は実はこの桑の木である。現在この桑の木は切られているが、当時はこのように立っていたものである」と特に指示説明していることを指摘し、桑の木と柿の木を間違えることは、都会の者ならばともかく、養蚕の盛んな農村育ちの被告人には絶対あり得ないことであり、この点からも被告人の出会い地点に関する自白は信用性がないと主張する。

   しかしながら、所論指摘の六月二十七日付、司法警察員=青木一夫作成の被告人の供述調書によれば、その第三項に「私が最初、善枝さんの自転車を停めた場所を図面に書いて出します」との供述記載があり、同調書末尾添付の図面(2)の中には、所論指摘の「かきのき」が図示されているけれども、被告人の供述の中では、その図面記載の「かきのき」には全く触れていないのであり、また右図面によれば、その「かきのき」は出会い地点よりかなり離れたところに画かれていて、それが出会い地点の特定に格別意味のあるものであるかどうかは、右調書自体によっても明らかではない。むしろ、右調書添付の図面(2)によれば、出会い地点の十字路の、図面に向かって右側下方の角には「くわばたけ」「ちやのき(原文ママ)」と明記されていて、それが被告人の七月七日付司法警察員=青木一夫作成の供述調書末尾添付の写真(一)(原審記録二四九三丁)の現場の客観的状況とも符合すること、および被告人は右調書において、被害者との出会い地点の特に桑の木に覚えがある旨供述していることを併せ考えれば、前記六月二十七日付司法警察員調書末尾添付の図面(2)の「かきのき」という表示は、被告人の単なる思い違いに過ぎないというほかはないので弁護人の右主張は失当(注:1)であると思料する。

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   七   なお、弁護人は被告人の出会い地点に関する自白は、捜査機関が奥富なる植木職からの聞込みによって、本件当時、被告人と東島明が山学校付近にいたという情報を得ていたため、この情報に基づいて不当に誘導し追及した結果、被告人の出会い地点に関する自白がなされるに至ったものであるかの如く主張する。

   しかしながら、被告人は当審第二十六回公判における弁護人の質問に対して、出会い地点を捜査段階で供述するに至った状況につき、被害者との出会い地点を山学校付近の十字路であると云いだしたのは、取調べにあたった警察官ではなく被告人自身であり、自分で考えてそのように供述したものである旨を繰り返して供述しているのであって、被告人の当審における右供述と被告人の六月二十三日付司法警察員=青木一夫に対する供述調書第五項にある「私はこの朝、家を出る時は仕事に行くと云って出たのです、それで弁当を持って出たので余り早く帰るわけにもいかず、庚神様の方へぶらぶら行きました。庚神様は五月一日が毎年お祭りです、この日もお祭りでおもちゃ屋などが出ていて人が五十人くらい出ていたようでした。私は庚神様を通り越してみんなが山学校と呼んでいる夏だけ使う学校がありますが、そっちの方へ向かって行きました」という供述記載を併せ考えれば、被告人が、五月一日午後、加佐志街道を山学校の方へ歩いて行ったことは自然に首肯(注:2)できるのである。

   もっとも被告人は当審第三十回公判に至って、出会い地点の供述経緯につき、弁護人の前記主張に副(そ)うように、弁護人の質問に応じて供述を変更しているのであるが、第二十六回公判における被告人の前記供述と対比すれば、後者の供述はいかにも不自然であって到底措信(注:3)できないものというべきである。一方、当審で取調べた警察官らの証言に徴しても(注:4)、被告人が取調官の誘導によって出会い地点を供述したことを肯認(注:5)し得る節は見いだせないのであるから、結局、弁護人の前記主張が失当であることは明らかであると思料する。

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注:1「失当(しっとう)」=道理に合わないこと。当を得ていないこと。不当なことを意味する言葉。

注:2「首肯(しゅこう)」=うなづくこと。もっともだと納得し認めること。

注:3「措信(そしん)」=信用する。信用できる。

注:4「徴(ちょう)する」=照らし合わせる。

注:5「肯認(こうにん)」=肯定的に認めること、同意すること。