狭山事件の「再審開始」が決定した場合、それを下した裁判官はその後どういう処遇を受けるのだろうか。想像してみた。
①原則として、最高裁事務総局、司法研修所教官、東京地裁判事には、なれない。
②各地裁の刑事部と行政訴訟部と労働部という、国家権力対人民が激突する部には、いれない。
③家裁にいれる。なぜならばそこには「社会の耳目を聳動(注:1)させる事件」がないからである。
(注:1「聳動:しょうどう」=世間の人々に強い衝撃を与えて動揺させること、またはその衝撃を受けてひどく驚き恐れること)
④田舎や地裁の支部や島に配置される。(昭和五十三年頃、南から北へ、それからまた南へと、なんの合理性もなしに振子のように動かされている裁判官がいた)
⑤各裁判所の部の部長や、合議体の裁判長に絶対にしない。
⑥高裁の陪席判事にすえられる。
⑦昇給を停止される。
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また反対に、狭山事件の再審請求を退ける決定をした場合、担当した裁判官はどういう処遇を受けるのだろうか。想像してみた。
最高裁経理局主計課長や総務課長を経て、内閣法制局参事官ぐらいには栄転できる。いわば出世ですな。
◯さて、狭山事件再審請求に対し、担当裁判官はどちらの道を選ぶだろうか。
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ところで、過去に読んだ本を再読したく自宅の古本部屋を漁った。

まずは懸案であった帝銀事件本の発掘に成功する。

その過程で、我が好奇心を刺激する古い雑誌や本を拾い出した。家に居ながらにして古本屋巡りと同様の贅沢な楽しみを味わう。

「事件写真 目で見る現場報告 一九七二年」(毎日新聞社)。本書三十五頁下段にはこんな記事が。

三味線という楽器に使用される皮は猫の、しかも牝猫のお腹の部位が良いと、何かで読んだことがある。雄猫や犬皮とは音の響きが格段に違うらしい。そして何よりも、この皮の原料となる猫(野良猫および飼い猫)を夜な夜な捕獲して歩く、「猫取り」という職で生計を立てている者が存在することを知り(今から三十年くらい前)、背筋が凍った記憶がある。老生の脳にインプットされた探求書リストには当然、この分野の関連書が登録されているが、散々古本屋巡りをこなしている今でも、該当する書に出会ったことはない。これは「猫取り」行為自体がタブーなうえ、さらにこの後の皮を取る工程、つまり手順や段階、皮の加工など、目標達成までのステップを細分化し、それぞれの順序や所要時間等を明確に記録した書物など出版した場合、その著者や出版社は猛烈な社会的バッシングを浴びざるを得ないことが明確なことから、誰一人としてこのことに踏み込まない、あるいは触れないのであろう。

昔の週刊誌も、今見ると中々楽しめるものである。写真上側は「週刊サンケイ」昭和四十六年十一月号であるが、あの有名な八海事件の犯人=吉岡晃が登場している。

今、この事件の内容には触れないが、八海事件の犯人=吉岡晃の手記は、刑務所や検察の歪んだ姿勢を暴いており中々面白い。この吉岡は当初、犯行は自分を含む計五人で行なったと主張していたが、時が経つにつれ、他の四人(犯行とは無関係)に対して気が咎め始め、真実を上申書に記し、地裁、最高裁、また弁護士へも手紙を書いたが、何とこれらは刑務所から発送されず、押さえられていたという。そしてこの行為は検察を刺激したためか、雑居房から独居房(窓はベニヤ板で塞がれている)へと転房させられるという罰につながったという。五人でやったと言えば高待遇、一人でやったと言えば冷待遇。すべては検察側が、犯行は五人で行なわれたという筋書きを通すための圧力をかけ続けていたことに他ならないのである。
このことに関しては、【第58回 参議院法務委員会 第9号 昭和43年4月9日】に詳しい。

当時の週刊誌はこんな情報も載せている。フロンテもN360も今では高値が付いている。

広告のページに写る当時のテレビ。カッケーな。