アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1455

                         「帝銀事件裁判の謎」より

    『警視庁刑事部長=藤田次郎の命により、この事件の秘密捜査官としてぎりぎりの所まで捜査し、真犯人検挙の寸前までいっていた人は、当時の警視庁捜査二課の成智英雄警視であった。その成智警視みずからが書き残した手記によると、つぎのとおりとなっている。

    「満七三一部隊第二部の研究員だった山内中佐から、私は、つぎつぎと、本件の犯罪適格者を指名してもらった。内偵または直接取り調べた者は五十数名にもあがったが、アリバイその他で、犯人と認められる者は、結局、医博:諏訪軍医中佐(当時五十一)ただ一人となった。諏訪中佐は、身長五尺二、三寸。面長で色は蒼白、顔にシミがある。頭髪は丸刈りで白髪まじり。スマートな紳士風、それにパビナール中毒の変質者で、満七三一部隊に所属していた」

 

    この体格・人相・風体は、帝銀事件で命をとりとめた人々と安田銀行と三菱銀行の行員の供述による犯人のそれとピッタリ一致している。さらに成智警視は言う。

    「私は、関係警察の協力を得て、陣頭に立って諏訪を追跡したが、親戚知人とも交流の形跡がなく、ようとして、所在はもとより、その後の情報さえ入手することができなかった。私が捜査したこの事件の焦点は諏訪中佐以外なかった。ところが諏訪中佐は、昭和二十四年に死亡。けっきょく死人に口なし」と。昭和二十四年は、帝銀事件発生の翌年である』

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    ◯このように、犯人の名前まで分かっておりながら、昭和二十三年八月二十一日、画家=平沢貞通が逮捕される。諏訪中佐から平沢貞通の逮捕へと捜査方針が転換されたのはなぜか。ここに、帝銀事件がかかえる黒く深い闇が横たわっているのである。ではその闇にそっと触れてみよう。

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    昭和二十二年一月から同年十二月までに作成されたGHQ秘密公文書によると次のとおりである。

①当時、極東国際軍事裁判におけるソ連検事団が、石井四郎中将をはじめとする満七三一部隊全員を戦犯として起訴することを強く要求していたこと。

②にもかかわらず、アメリカのGHQは七三一部隊の隊員たちの戦争犯罪責任を免除するかわりに、彼らの持っている情報・知識・技術のすべてをGHQに秘密裡に提供させようとしたこと。

③そしてそれが成功したこと。

    ◯ところで、もし捜査方針が転換されず、警視庁が真犯人として諏訪三郎中佐を逮捕していたならば、以下の事態を招くことになる。

    真犯人=諏訪三郎とは何者で、彼が所属した満七三一部隊とは何で、そして満七三一部隊とはどこで何をしていたかがすべて明るみに出、さらに当時のGHQが、満七三一部隊の戦争犯罪責任を免除するかわりに、青酸兵器・細菌兵器・化学兵器・伝染病兵器・枯葉爆弾という、それ自体国際法に真向から違反する兵器の開発に満七三一部隊を当たらせていたことが発覚し、マッカーサー元帥の首が飛ぶ、ということである。

    したがって警視庁が決定した捜査方針転換の原因は、GHQの介入による、満七三一部隊の隊員であった諏訪三郎の逮捕差し止めであった(なお、GHQは当時、事件の真相に肉薄していた読売新聞社の幹部にも接触し、その先の取材活動を断念させている)。

    さて、なぜ事件とは無関係である平沢貞通が逮捕されるに至ったのか、本書によると次のとおり。

    『占いによって平沢氏を真犯人と信じた居木井=警部補が勇み足で逮捕し、拷問的取調べによって意識溷濁(こんだく)におちいった平沢氏が偽の自白をしたことを奇貨とし、これに全責任をなすりつけてしまった』

    ◯これが、著者=遠藤 誠(弁護士)により語られた帝銀事件の真相である。そして戦争犯罪責任をまぬがれ生き延びた七三一部隊(石井部隊とも呼ばれる)の残党たちは、やがて権威ある医療機関や大手製薬会社の重要なポストへ迎え入れられているという。

    本書十八頁に"平沢氏はなぜ釈放されないか"との表題があり、これを読むと、

『ところで、ここ数年来、日本国裁判所は、免田、財田川、松山、徳島のラジオ商殺し事件については、いずれも再審で無罪判決を言い渡した。

    ところが、この帝銀事件に関してのみ、これまで十六回にわたる再審請求はすべて棄却し、そして今やっている第十七次再審請求については、いまだに返事もしてくれない。

    それはなぜか。

    それは、右に挙げた四つの冤罪事件について無罪の判決を言い渡しても、別に国家権力の恥部に触れることがないのに対し、この帝銀事件において平沢さんに無罪を言い渡すことは、これまでの説明でお分かりのとおり、どうしても昭和二十三年当時におけるGHQと満七三一部隊との関係と、アメリカの支配者の国際法違反の行為とそれを許した日本の国家権力の犯罪行為に触れざるを得ないからなのである。「ロン・ヤス」の言葉で象徴されているように、現在も日本の国家権力は、アメリカの国家権力の庇護のもとにある。

    裁判官も人間である。あえて「火中の栗」を拾おうとはしないのである。』

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    ◯文中にある「ロン・ヤス」とは、本書が書かれた1980年代に中曽根康弘首相(ヤス)とロナルド・レーガン大統領(ロン)が築いた、ファーストネームで呼び合うほどの非常に親密な日米首脳関係を指す言葉である。