



(検察官=原 正による出会い地点の指示説明と、関連する写真)
【狭山事件公判調書第二審4217丁〜】
『出会地点』自白の生成と虚偽架空
弁護人=石田 享
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(三) 捜査当局の重なる困惑
ところが捜査当局は、またしても障害に突き当らなければならなかった。
長谷部警視、青木警部ら取調官は、横山ハル:当審二十七回証言、同人:四十五年五月八日証人尋問調書や横田権太郎:当審二十七回証言、同人:四十五年五月八日証人尋問調書で述べられている事実を知っていたし、さらに高橋ヤス子、犬竹幸らからの供述も得ており、犬竹幸らのいた畑からもさほど遠くないところが新「出会い地点」とされたに過ぎなかったからである。したがって長谷部、青木ら取調官が被告人に対し地図を示すなどして、他の場所で出会ったように供述の変更を要求するのは必然であった。
この時期の取調べにつき被告人は当審二十六回公判で次のように述べている。
中田弁護人=「どういうことを言われましたか」
被告人=「地図を示して、ここに三輪車を置いて畑をしていた人がいたのだから、そこで捕まえるわけはない、見られる、と言われました。でも私はそこだと頑張りました」
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中田弁護人=「畑仕事をしていたという場所は、山学校へ行く一つ手前の十字路を右の方、つまり四本杉の方へ入ったところですか」
被告人=「はい、荒神様の方から行くと右です」
中田弁護人=「地図を見せられたと言いましたね」
被告人=「はい」
中田弁護人=「地図に何か書いてありましたか」
被告人=「三輪車が書いてあって丸の判が押してあったと思います。三輪車がここにいたんだから、ここで捕まえるわけはない、と言われたのです」
中田弁護人=「三輪車は自動車の形でも書いてあったのですか」
被告人=「そうです」
中田弁護人=「何という人がそこで仕事をしていたということは」
被告人=「ちょっとわからないです」
中田弁護人=「捕まえたという十字路から四本杉の方へ入っていくと道が二股に分かれていますね」
被告人=「はい」
中田弁護人=「車が止めてあったという場所は、どの辺に書いてありましたか」
被告人=「どの辺といってもわかりません」
中田弁護人=「十字路になっているところと二股に分かれているところの真ん中辺に書いてあったとか、十字路になっているところに近い方に書いてあったとかわかりませんか」
被告人=「十字路に近い方だったと思います」
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裁判長=「地図を示して調べた警察官は、だれだったか」
被告人=「長谷部さんです」
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中田弁護人=「あなたはそこで捕まえて連れて行ったのではないと警察官に言ったわけでしょう」
被告人=「そうです」
中田弁護人=「それで結局どうなったのですか」
被告人=「結局、捕まえたのがどこかわからなくなってしまうから、多分そこだと言っちゃったのです」
中田弁護人=「警察の方では、ほかの場所で捕まえたのではないかと言いませんでしたか」
被告人=「言ったような気がしますがちょっとわかりません」
中田弁護人=「狭山精密の方で捕まえたのではないかと言われませんか」
被告人=「言われたような気がします。今ははっきりしません」
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この被告人供述によれば、長谷部警視ら取調官は障害となる三輪車を図面上丸判で表示してある地図を示したものであり、その地図については長谷部梅吉:当審五十一回証言でも略肯定(注:1)されている(福地弁護人の問に対する供述)。しかも、右三輪車は横山ハル:当審二十七回証言及び四十五年五月八日証人尋問調書によれば、横山ハル及び横山栄の使用し止めていた三輪車に該当する。
事実、捜査当局は横田権太郎証人の許等附近の耕作者らをしらみ潰しに当たっていたから、すでに本件当日の山学校周辺の人の動き等を相当確認していたものと推定される(横田権太郎:当審二十七回証言参照)。まして当時捜査に関与していた河本仁之検事も、出会い地点附近の畑の所有者、耕作者の参考人調書など検討した記憶があり、「出会い地点の確定につき、ある程度問題視したこともあったような気もします」と証言している(河本仁之:当審四十回証言)。
もっとも同証人(横田)は、検察官等の尋問において一旦、右証言は殺害現場附近のことと記憶が混同していたと述べて訂正したが、引き続く弁護人からの尋問に対し、「出会い地点、殺害現場、死体を吊るしたり埋めたりした地点、こういう一連の犯行現場附近の田か畑かはっきりしませんが、耕していたお百姓さんがいて、そういう人の調書を警察が作っていた、という記憶は大体あります」と再び述べ直し、さらに「出会い地点に関しては畑の耕作者でなくて、その辺に住んでいる人たちの調書ではなかったか、と思います」と述べている(前同)。
ここで、「出会い地点」附近に住む者として考えられる者はまず、犬竹幸ないし高橋ヤス子である(弁護人の前掲各証人申請の立証事項参照)。(続く)
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注:1 「略肯定(りゃくこうてい)」=「略肯定」という言葉は、一般的には「大まかな肯定」や「概ね肯定」といった意味で使われる。明確な肯定ではなく、ある程度の範囲や程度で肯定している状態を表す。例えば、「略肯定的な反応」は、完全に賛成しているわけではないが、おおむね肯定的な反応であることを意味する。
◯いやしかし、公判調書を読めば読むほどに、この事件が冤罪である可能性が百パーセントに達することが実感でき、老生にとってはこの公判調書は類い稀な冤罪ドキュメントととして愛でる毎日である。