『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
【公判調書3186丁〜】
「第六十回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=中田健治(三十四歳・農業)
*
山上弁護人=「善枝さんは高校にお入りになってからは大体何時頃お帰りですか」
証人=「まあ十日か二十日足らずしか通ってなかったもので、はっきりした時間はどうも、四時か五時頃には帰っていたように思いますが」
山上弁護人=「四時という時間のこともありましたか。五時か六時頃という証言は今までもありますが、四時というのは初めて聞きますが、正確なことはともかく、大体五時半から六時そこらじゃないんですか」
証人=「帰る時間というのは畑に私、居たりなどしてあんまり記憶ないんですが。はっきりした時間は・・・」
山上弁護人=「善枝さんの通学路、これは図面をお見せすれば大体あなた分かりますね、口でも言えますね」
証人=「はい」
山上弁護人=「(当審第三回検証調書添付第一見取図を示す)これは裁判所が作った大体の見取図なんですけれども、分かりますか」
証人=「はい」
山上弁護人=「中田栄作方はここ、㉘とありますね」
証人=「はい」
山上弁護人=「番号がずっと書いてありますね、番号に沿って、出来たら善枝さんの通学路を言っていただけませんか。入間川駅左上、五、六センチの辺りが学校ですね」
証人=「そうです」
山上弁護人=「往復の通学路はどういうのがそうですか」
証人=「この㉘からこの間にも農道があったんです。自分が夜学に、同じ学校なんですが、ほとんど農道を通っていたわけです」
山上弁護人=「㉘から南西に降りて松本万平さんのところへ」
証人=「そこに行くより、そこは砂利のひどい道だったんですよ、それで農道を」
山上弁護人=「㉘から㉙㉚の間に農道が南西にあった」
証人=「ええ。南西にもあって、南北にもありました。そこを通ってこの間に出るんです」
山上弁護人=「㉚㉛の間に出て」
証人=「ええ、それから権現橋に出て、それで」
山上弁護人=「そうするとそこから㉞に出て薬研坂に出て、それから」
証人=「57の床屋さんのところからこの方向に」
山上弁護人=「56に出て、55、54、㊳と」
証人=「ええ、それから真っ直ぐ行きます」
山上弁護人=「それから㊷と㊸のY字型のところを㊷の方に出て踏切を渡って、学校へと」
(図面赤線が被害者の通学路)
証人=「はい」
山上弁護人=「善枝さんが入間川駅の踏切を渡るのは南側の踏切ですね」
証人=「そうです」
山上弁護人=「今、仰ったのは帰りも大体同じですか」
証人=「と思います」
山上弁護人=「善枝さんは荒神祭とか、そういうものに興味があったか、行ったということを聞いたことがありますか」
証人=「聞いたことがないですが」
山上弁護人=「事件当日、五月一日ということになっているようですが、善枝さんが、あなたがご指摘された普通の帰宅コースを通らなかったということを、事件発生後聞いたことがありますか。多分五月一日には、善枝は普通のコースを通らなかったんじゃなかろうかというようなことを、事件の内容が全部わかった後、あなたに知らせた人がありますか。石川君が逮捕されたのは五月二十三日になってますけれども、それ以前にあなた分かっておられましたか、コースが違っておったんじゃないかと」
証人=「警察の方からそういったことを聞いたこともあったように記憶しております」
山上弁護人=「警察の人が、中島いくという人が実はこういうことを言っているんだが、というような聞き方をなさいませんでしたか。中島いくさんというのは覚えてない」
証人=「覚えてないですね」
山上弁護人=「あとであなたが警察からお聞きになったというのは、あなたの知った範囲で結構ですが、どういう道を通って善枝さんは帰ろうとしたという風に聞かれましたか」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「それは分からない」
証人=「はい」
山上弁護人=「私どものほうははっきりしているのは、検事さんのほうの証拠ではっきりしてますが、入間川駅の北側にガードがありますね、第一ガード、第二ガードといっておるようですが」
証人=「ガードは一つしか覚えてないんですが」
山上弁護人=「そのガードのところ、入間川駅の北側のガードの、線路の下で善枝さんが一日の午後三時半前後に第一ガードに立っておったというようなことは知っておりましたか。そういうことを聞いたことありますか」
証人=「ええ、聞いたことあります」
山上弁護人=「そうすると普通の帰宅コースとは当然違いますね」
証人=「ええ、全然違うようです」
山上弁護人=「あなたとしては思い当たることはありますか、例えば待合せをしておったんじゃないかとか。全然荒神様にも興味がない、関心もない、たまたま祭りの日だったらしいんですが、奇(く)しくも一日だけ入間川の北側の第一ガードにおったと聞かされて、何かそこに待合せとか、そういうことがあったんじゃないかと思って聞いているんですが、あなたのご判断はどうですか」
証人=「まあ、本人としてはそうだったのかも知れませんが」
(続く)
*
写真は西武鉄道・入間川駅(当時)から川越方面へ向かう途中にある第一ガード。事件の発端となる五月一日、地元に住む老婦人は、付近の神社で行なわれた祭りの帰り道、このガードで被害者となる中田善枝さんを目撃している。時刻は午後三時二十分頃であり、普段の通学路とは正反対のこの場所で、老婦人の証言によれば『彼女は自転車を脇に止め、誰かを待っているような様子』 であったという。老婦人は、自身の娘が高校へ進学した場合、このような新しい自転車も買い与えなければならないかと、娘の進学とそれに伴う少なくない出費に対し複雑な想いを抱え、いわば対比しながら目撃していた状況などから、この証言には信憑性があると考えられる。
しかし、では彼女は誰を待っていたのか、という点の解明について捜査当局は全く触れずに事を進めていったのであった。