事件当時、遺体発見場所付近に群がる野次馬。
こちらは報道陣のごく一部。
弁護士の記者会見を覗く人々。
【公判調書3078丁〜】
「第五十七回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=諏訪部正司(四十八歳・浦和警察署刑事第一課長)
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松本弁護人=「それから被害者の足取りに関連して、つまり被害者がいつ狭山高校の入間川分校を出て帰宅の途についたかという、時間の関係で何か級友の人たちの入間川駅から電車に乗る時刻との関係が問題になりましたね。級友が、多分私たちは何時何分の電車に乗ったから、したがって善枝さんが学校を出たのは何分頃だっただろうというようなことを言って、そのことによって時間関係を確かめられたんじゃなかったでしょうか」
証人=「そのようにやりました。今お話しがありましたが、狭山高校ではなく川越高校入間川分校となっております」
松本弁護人=「それでその関係で入間川駅を発着する電車の時分については調べられましたか」
証人=「記憶はあります」
松本弁護人=「その関係の捜査報告書などはございますか」
証人=「その点は明確ではありませんが捜査報告書より記憶があります。二十五分・・・恐らく五分という時間、あそこがちょうど交換をします、単線ですから、三十分おきに出ておりますので」
松本弁護人=「そうすると、二十五分か五十五分というような区切りですか」
証人=「そうです」
松本弁護人=「そうすると、善枝さんと一緒にその当時、学校に残っておった級友は何時の電車に乗ったのかという点についてのご記憶はありますか」
証人=「忘れました」
松本弁護人=「証人は刑事課長として直接被告人の調べなどには途中までしか加わっておられないようですけれども、一応この狭山事件の捜査全般に特捜本部の一員としては加わっておられたわけですね」
証人=「はい」
松本弁護人=「その関係でお伺い致しますが、この現場、たとえば死体発見現場とか、などから押収されたものは別として、本人の自供なりその後の状況などによって発見されていった物がたとえば鞄であるとか、時計であるとか、教科書であるとか、そういうものがございますね」
証人=「はい」
松本弁護人=「その場合に教科書などは本人が述べたこととは全く無関係に、ずっと早い時期に発見されたわけでしょう、記憶ありませんか。五月の二十二、三日頃」
証人=「何かありましたですが、記憶に残ってるのは被疑者の自供に基づいてから出たものばかりが記憶に残っていますね」
松本弁護人=「その点で伺いたいんですが、まあ捜査当局が本人の自供を根拠にして捜した上で発見したと主張されているのは万年筆、それから鞄とか時計、この三つがあると思うんです。それについてご記憶はありますね」
証人=「今言われたのは記憶あります」
松本弁護人=「それでね、そのうちの鞄と時計について伺うんですけれども、まず鞄についてお尋ねするんですが、これは六月の二十一日、あるいは二日だったかも知れませんが、その頃に一応発見されておるわけですけれども、その時には何か現場へ初め行ったけれども全然見つからなくて、二回目に行った時にだいぶ捜索したあとでやっと発見したというような経過がございましたね。夜、相当暗くなっておる頃に発見したというような事実がありましたね」
証人=「暗くなったという、夕方ではあるということを記憶しておりますが、まあ私の方で今、『という』とか、『だろう』みたいな言葉でご質問されるんで私の方ではそれに基づいて言ったということで、まあ話をさせていただきたいと思いますが」
松本弁護人=「その点で一つ私疑問があるんですけれども、この本人がどこそこに捨てたと、もしも言っておるんであれば、一番簡単で手っ取り早くて、しかも本人と実際の犯行とを結びつける決定的で且つ致命的な方法というのは、いつでもあなた方が一般にお取りになっておる方法ですけれども、その自供する本人を現場に伴っていって、この付近だと本人に指示させて調べるということが捜査の常道であり、また一番確実な方法だと、こう思うんですが、なぜあなたはその方法を、あなたが最高指揮者でなかったかも知れないが、なぜそういうことについての意見が出なかったんですか」
証人=「今になっていろいろお話しますが、その当時の新聞にもあれだけの報道をしているんですよね、それでこれは実際に引き当てしなくちゃならないということは分かっていますが、その当時の報道関係者というのがいかに大勢いたか、それを引き回せなかったというのが実情なんです。ですから、その実情が分かって頂けないと本当のその感じが出てこない、まあこれは駄弁になりますが、初めて裁判所の第一審で検証をなされた時、ヘリコプターがあそこに飛んできて初めてその時の実感が出たというのが偽らない私共の事実です。そのようなことで引き当てをしたいと、するのがもう当たり前で、それ以上のことはないわけですが、しかしその自供した現場にすでに四本杉のテントだとかというんで、現実に新聞記者が蚊取り線香まで炊いて、その場所にいるわけです。そのような所で私も何回もそういった現場へ行って、上司からの命令で引き当てしなくちゃならないんだということをしてますが、新聞報道者とか、あるいは一般の参考人がそのような状態なんです。と同時にその中で、あの山の地図を書いてもらっても一度や二度でその場所にとっつけないというのが、今は場所が変わっております、しかしその当時はそのような、その場所の地形状態だったということです」
松本弁護人=「報道関係者が気になるんなら、なぜその周辺になわ張りをして、その付近に近寄らせないという方法で本人を連行しなかったんですか」
証人=「これは場所がとにかく山の中で、それだけのことを、いわゆる立入禁止という風なことをしますとさらに報道の人員が増えたりしますから、従いましてまぁ支障があるんでこのような状態だというわけで、私の裁量ではやっておりませんけれども、なわ張りができるということはこれは場所的に広いので不可能と思うし、実際には出来なかったわけです」
松本弁護人=「むしろこれはあなた方の思惑によるのは、もしも報道関係者らが注目している所で被疑者を伴って行って、被疑者がいい加減にこの付近だと言ってその付近を言っても一切何も出てこないというようなことで、被疑者が犯人でないという印象を世間に与えることを慮ったんじゃないんですか」
証人=「そのようなことは絶対にありません」
(続く)
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○引き当て=被疑者や被害者に実際に現場を案内させること。場所を特定するのに必要な捜査。引き当たりとも。
事件当時ヘリコプターから撮られた航空写真。被害者の鞄や自転車の荷掛け紐が発見された地点となる。地上で眺めると雑木林であるが、空からの眺めは、もはや山というか森と言っても過言ではない。
同じく航空写真より(前掲写真の左側へと連続している)。こちらは教科書発見場所であるが、このような現場状況となると、被疑者が書いた図面などでは到底その証拠物に辿り着けそうもないと思われるが。