(狭山事件裁判資料より)
【公判調書2129丁〜】
「第四十三回公判調書(供述)」⑤
証人=中 勲(五十七歳)
*
主任弁護人=「原検事は再逮捕を渋ったでしょう」
証人=「そんなことはありません」
主任弁護人=「あなたは先ほど、原検事はあなたと意見が多少違っていたと言ったでしょう」
証人=「一応窃盗で起訴になっているからもう少し取調べを進めてからやろうかという意見と、勾留満期と同時に再逮捕して取調べをすべきだという意見の相違で、別に根本的な食い違いはありませんでした」
主任弁護人=「原検事は再逮捕に踏み切るだけの証拠がまだ揃っていないという意見を持っていたのではありませんか」
証人=「原検事ではなく検察庁として、起訴して身柄が確保されているからもう少し調べてみてはどうかということではなかったかと思います」
主任弁護人=「もう少し調べてというのは、まだ十分な証拠が揃っていないということではないのですか」
証人=「私共としては証拠は一応集めたつもりでした」
主任弁護人=「しかし検察官は必ずしも十分な証拠が集まったとは思わなかったということではありませんか」
証人=「私はそうは解釈してません。私としては、筋を通すと言っては語弊がありますが、窃盗で起訴しておいて取調べをするよりは、やはり勾留満期の段階で再逮捕すべきではなかろうか、という意見でした」
主任弁護人=「検察官の方が警察の方より刑事訴訟法に忠実でない考え方をしていたということですか」
証人=「そういう意味ではありませんけど」
主任弁護人=「あなた自身は間違いないと思っていた恐喝未遂、つまり手紙を書いたという点を、検察官は第一次の勾留満期にあたって起訴しなかったでしょう」
証人=「はい」
主任弁護人=「その問題について検察庁と警察との間で意見の対立があったことはありませんか」
証人=「ありません。検察官はこれはもう少しみよう、次の起訴と合わせてというような考えを持っていたように思います。ですから私共もあえて反対はしませんでした。書いたことは間違いないという鑑定結果が出ていますから」
主任弁護人=「そういう鑑定結果が出ていたのに検察官はどうして起訴しなかったのでしょうか」
証人=「まだ残っているし、再逮捕して調べるということになれば、その際合わせて起訴するということでいい、という考えではなかったかというように私は推測します」
主任弁護人=「いずれにしても、再逮捕するかどうかということと、恐喝未遂の起訴をして公訴が維持できるかどうかという判断はいわば裏腹なものですね」
証人=「はい」
主任弁護人=「結果的に言えば、あなたが今述べたような確信を持ったのに反して、検察官はそれほどの確信を持たなかったということは言えるのでしょう」
証人=「私はそういう風には考えていません」
主任弁護人=「結局あなたの意見が通って再逮捕に踏み切ったということになるわけですね」
証人=「私の意見が通ったということもありませんけど」
主任弁護人=「再逮捕状は強盗強姦殺人、死体遺棄ということで請求したわけでしょう」
証人=「はい」
主任弁護人=「その時の疎明資料はどういうものだったか覚えていますか」
証人=「先ほど述べたものが疎明資料として付いていたと思うのですが、はっきりした記憶はありません」
主任弁護人=「すでに逮捕勾留している石川君の供述調書を疎明資料にしたかどうか、覚えてませんか」
証人=「覚えていません。まだ供述はなかったのではないでしょうか」
主任弁護人=「強盗強姦殺人、死体遺棄に関する供述は、という意味ですね」
証人=「はい。供述が二日頃と記憶していますので。はっきりはしません」
主任弁護人=「再逮捕状を請求する前に、ちょっとでもいわゆる善枝さん殺しに触れた供述をしたという報告をあなたは受けたことがありませんか」
証人=「はっきりしません」
主任弁護人=「再逮捕状請求当時の石川君の取調主任官は清水利一さんではありませんか」
証人=「はっきりしません。そうだったかも知れません。いつ頃入れ替えたか日ははっきりしません」
主任弁護人=「再逮捕状を請求する前に、清水さんから、石川君は善枝さん殺しについて喋るかも知れない、というような報告を受けたことはありませんか」
証人=「聞いていません」
主任弁護人=「裁判所に行ったら知っていることは全部話すと言ったという報告を聞いたことはありませんか」
証人=「再逮捕前ははっきりしません」
主任弁護人=「河本検事を知っていますね」
証人=「はい」
主任弁護人=「河本さんはこの前この法廷に出た時、再逮捕状を請求する前、石川君は河本さんに対して三人でやったんだという趣旨のことを話したことがあるということを述べたが、再逮捕状請求前、あなたはそういう話を聞いていませんか」
証人=「再逮捕の前か後か分かりませんが、最初三人でやったという供述があったことは承知しています」
主任弁護人=「再逮捕状を請求したのは六月十六日でしょう」
証人=「はい。六月十七日に逮捕したのですから」
主任弁護人=「その前、六月十一日付の石川君の河本検事に対する供述調書があり、それには三人でやった、そのことは裁判所に行ったら全部話すという趣旨のことが書かれているが、そういう話を聞いたことはありませんか」
証人=「ちょっと記憶ありません」
主任弁護人=「内容的にはちょっと違うけれども、六月十二日に清水利一さんは、筆跡鑑定の結果は自分は信用する、裁判所で全部話す、という趣旨の石川君の供述調書を作っているのですがね」
証人=「そうすると、署名しなかった調書のことでしょうか」
主任弁護人=「そうです」
証人=「署名しなかった調書があるということは知っています」
主任弁護人=「しかしその中味が善枝さん殺しに関する供述を始めかかったものだという風には理解していないのですか」
証人=「はっきりしたことは記憶していません」
主任弁護人=「再逮捕状請求前に石川君が自白というか自認というか、そういうような態度を少し取ったという風には理解していないわけですか」
証人=「若干取ったということは記憶していますが、具体的にどういう供述をしたかということは前後の記憶が一緒になっているのではっきりしません」
主任弁護人=「どちらなのですか」
証人=「前か後かははっきりしません。私は記録を持っていたのですが辞めるときに全部処分してしまったし、八年も経っていますから、その前か後かと言われても断定しかねます」
主任弁護人=「再逮捕するかしないかについて検察官との間に若干意見の違いがあるほどの問題があったわけでしょう」
証人=「再逮捕自体には問題ありませんでした。ただ、再逮捕する時期について意見の相違はありました」
主任弁護人=「意見の相違があって、再逮捕する時期について意見を交換していたということは覚えているのですね」
証人=「はい」
主任弁護人=「その同じ時期に石川君が自白というか自認というか、若干そういう態度を示したというようなことを誰かから聞いたことがあるかどうか」
証人=「再逮捕の前にはっきりした自供をしたという報告を受けたような記憶はありません。何かそれらしいことを言ったけれども調書を取っても判も押されなかったという程度のことしかありません」
*
裁判長=「自白らしい態度を取ったけれどもその調書には署名をしなかったというようなことだが、それが再逮捕状請求の前か後かということについてははっきりしないという趣旨なのですか」
証人=「そういうことです」
裁判長=「再逮捕状請求前にそういう自白めいた内容の調書が出来たことを記憶している、ということではないわけですか」
証人=「調書に署名をしない供述をしたということは聞いているのですが、それが再逮捕の前なのか後なのかということになるとはっきりしません」
*
主任弁護人=「現在の記憶では、調書に署名をしない供述をしたということが再逮捕に踏み切るかどうかの結論を左右するような問題でなかったということは言えるのですか」
証人=「はい。私はそういう風に理解しています」
(続く)