狭山の黒い闇に触れる 86
公判調書619丁。石川被告の自供により自宅鴨居上から押収された万年筆は、ビニール袋に入れられ小島証人らによって捜査本部へ持ち帰られ証拠品として処置され検察庁へ送られた。ここで宇津弁護人が小島証人に問う。弁護人:「〜捜査本部あるいはどこかの署の鑑識によって指紋の検出そのことが、なされたんでしょうか」至って簡単な問いである。万年筆を検察庁に送る前に、どこかで指紋検出を行なったか、である。弁護人は必要最低限の情報を込め簡素な問いにまとめている。だが早速、小島証人は「当時写真撮影係が一人いただけで指紋関係の人も行っておりませんし、三人きりのことでございまして」と答える。弁護人の問いは被告宅での話を聞いたわけではない。なぜ小島証人は弁護人の質問を正確に捉えないのであろうか。小島証人の返答を聞き、弁護人は「いや、その石川宅では、そうでしょうけれども、その本部に持ち帰られてそれを鑑識に廻して指紋検出の作業が行われたかどうかということをお尋ねしているんです」と再び問い返し、ここで無事、「それは聞いておりません」との答えを証人から引き出す。宇津弁護人は仕事柄とは言え我慢強い方である。ところで万年筆の指紋検出作業について小島証人は聞いていないと答えているが、証拠品としては、被害者の腕時計、鞄と並ぶ重要な位置にある万年筆、その指紋検出作業が省かれるということがありうるのだろうか。あるいは小島証人の耳に入っていないだけなのか、今、これを確認する術を私は持たないが頭の隅に入れておこう。