『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3415丁〜】
「第六十三回公判調書(供述)」
証人=秋谷七郎(七十五歳・昭和大学薬学部長兼教授、東京大学名誉教授)
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(証人は、予め裁判長の許可を得たうえ、昭和四十七年四月十日提出の鑑定書の写を参照しながら答えた)
裁判長=「証人の大学以来の経歴を簡単に証言して下さい」
証人=「私、大正十二年の三月に当時の東京帝国大学医学部薬学科を卒業しまして、私の専攻としましては裁判化学という講座が東京大学医学部薬学科の第一講座でありまして、それに入室と申しましょうか、以来そこで副手あるいは助手を経ましてずっとこの道をそのまま継続して歩んで参りました。途中、私立の当時の薬学専門学校がありまして、そちらの方に教授兼学校長として赴任を致しまして、それが昭和七年から昭和十七年六月までおりまして、それから昭和十七年の六月五日と記憶しているんですが、東京大学教授に任命されまして、爾来六十歳が定年でありますので三十二年の三月三十一日をもって内規によって定年、退職ではなくして、直ちにやはり国立の東京医科歯科大学に教授として出向致しまして、したがって文部教官のまま、東京医科歯科大学の教授に出向致しまして、その職責は総合法医学研究施設というのがございましたが、その一つの講座として裁判化学講座がございます、そのその裁判化学講座の担任として研究指導、あるいは一般の鑑定等をやってきておりました。そこで三十七年の三月三十一日をもちまして六十五歳が定年でございますので、その時をもって初めて文部教官を退官し、さらに大学の教授たる職責をも退職したと、こういう状態でございます。それから三十九年の四月に現在の昭和大学が当時医科大学でありましたが、そこで医学部というものと薬学部というものとを新しく併立すると、したがって名前は昭和医科大学を変えて昭和大学にして、今まであったのを医学部にし、私がその創設に関与しまして現在に至っております。その間、各公判廷を中心として、いろいろの鑑定をやってきて、ここに約、三十八年間の鑑定、あるいは鑑定に必要な研究等を一本に絞って、只今までやって参りました」
橋本弁護人=「あなたの作成された鑑定書は"鑑定書"と題する部分と、鑑定書(補遺)と、二つの部分から成り立っておりますね」
証人=「その通りです」
橋本弁護人=「便宜先のほうを鑑定書と呼びますが、鑑定書の主文の第一項に『本脅迫状はボールペンで書かれたものであり、一部訂正箇所はペンまたは万年筆を使用したものである』と記載されておりますね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「鑑定書(補遺)の主文と言いますか、考察、結論及び鑑定と題されて、その第一項に『検体用箋紙上に書かれた日付"5月2日"と文字"さのや"との二つは万年筆を使用した公算頗(すこぶ)る大である』、もっと続いておりますが、とりあえずここまでのことについて質問をいたしますが、私、こう一見したところ、鑑定書の鑑定主文第一項と、私が只今読み上げました鑑定書(補遺)の鑑定主文の第一項本文ですね、若干の差異があると、こう理解したわけです。もっと端的に申し上げますと、鑑定書のほうでは万年筆もしくは付けペンという主文になっております。補遺のほうでは万年筆に限定されておられるようです。鑑定書と鑑定書(補遺)との間にこのような差異が生じたのはどの辺に理由があるのか、それを一つお聞かせ願いたいと思います」
証人=「このことはまあ、表現の相違からそういう風な感じを持たれると思いますけれども、ペンまたは万年筆と書いてあると、これが第一の質問、次は万年筆伝々で、これを使用した公算がすこぶる大きい、こういうことでありまして、やはりこの意味は公算ということはペンも含んでおると、こういう風にご理解いただきたいと思います」
橋本弁護人=「そうしますと、鑑定書(補遺)のほうの鑑定主文の『万年筆を使用した公算頗(すこぶ)る大である』というのは万年筆であるということを必ずしも断定した意味ではないと」
証人=「ありません」
橋本弁護人=「公算が大きいと」
証人=「そうです。ですからペンまたは万年筆と、ペンまでも主語に生かして書いてあります」
橋本弁護人=「そうしますと、鑑定書の主文と鑑定書(補遺)の主文は、先生のご理解では矛盾しておらないということになりますね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「その万年筆と、いわゆるつけペンの筆跡の相違でございますね、これは物理的な方法以外では検査する方法はないんでございましょうか」
証人=「ございません。つまり書かれた筆跡、その一画一画のその筆跡というものが紙の上に現われる筆跡でありますから、書かれた方の紙の面、その紙面というもの、つまり紙でありますから、紙の繊維というものの荒れ具合、あるいは荒れないとかいうようなことがいろいろありますが、その荒れ具合というものが一つの対象として、例えば丸い、先の滑達な万年筆で一枚の紙に書いたとする、その同じ紙につけペンで書くとする、一般につけペンは割合先端が粗雑でありますので、同じ紙面であっても紙の繊維の荒れ方、乱れ方がある、で、乱れ方ということ、及び乱れた紙の繊維と繊維との間にそのペンに付いておった、あるいは万年筆に付いておったインクが染み込んでいるということもありますので、これを顕微鏡拡大の状態で見るなり、あるいは紫外線その他の光線を使って見ることによって、乱れ方が非常な確実性をもって紙面に出て参ります。そういうようなことからまあ、これを物理的と申しましょうか、まあ、主として物理的と考えてもいいわけですけれども、まあ、物理的ということで鑑定をすると、こういうことです」
(続く)