『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
写真は事件当時の狭山市近郊。
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【公判調書3309丁〜】(昭和四十七年六月十五日)
「第六十一回公判調書(供述)」
証人=中田直人(四十一歳・弁護士)
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橋本弁護人=「二審の第一回公判廷で自白を撤回するということは、それがなされるまでわかりませんでしたか」
証人=「わかりませんでした」
橋本弁護人=「二審の二回、三回公判廷で、被告人質問の中で自白の経過、その他について詳しい供述を被告人がしておりますね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「あれについては、接見の折にもあれと同様のことを聞いておったんですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「もちろん自白を撤回したのちのことですが」
証人=「はい、ただ私どもとしますとその頃になって、石川くんが法廷でも述べておりますように、私どもに対して大変不信を持っていたということが分かりましたし、その不信が実は自白に結び付いていたということも、私どもとしては十分了解出来るようになっていたんです。ですから私どもは、事実を聞きながら石川くんの信頼を取り戻すことに一生懸命努力しました。と同時に、かなり時間が経っていることですから、石川くんが取り調べの状況なり自己の行動なりについて述べることを直ちにそのまま聞くということをせずに、むしろ何度か繰り返しながら、私ども自身がいろいろなことを調査していきまして、石川くんの供述内容を確かめていくということを繰り返しました。一例だけ挙げますと、二十三日に自白をしたんだという話ですが、私どもとしては、さっき言った二十日の面会や、二十二日の加登さんという医者の話以来、二十日の自白(原文ママ)についてはかなり疑いを持っていたんですけれども、石川くんの口から直接聞くまでは実態は分かりませんでした。ただ、石川くんは、二十三日に自白したんだということを言いましても、それを直ちに鵜呑みにせずに、むしろ例えば断食の模様がどうであったか、その日数がどうであったかということを、いろいろな角度から質していきました。そして実は二十日の供述調書があるんだけど、二十三日というのは違うんじゃないかというような、むしろ逆の問い質しをした上、そういうことを重ねて一つ一つの事実についてですけれども、私どもとしては了解し、事実を考えるところを少しずつ時間をかけながら知っていったわけであります」
橋本弁護人=「長い年月、被告人と接して来まして、当初、被告人に会って受けた印象、特に教育を受けた程度、それから証人の話す内容を理解する力は、今日の状況と比較してどんな工合であったかを一言仰って下さい」
証人=「一言で申上げれば、私どもにとっては非常に驚異である、と言っていいでしょう。最近、石川くんが書くものであるとか話すこと、私どもが話すことに対する理解、これはこの七、八年、特に自白を撤回し法廷で否認し始めたのちの、大きくは石川くん自体の努力にかかっているものだとして、私としては大変敬服します」
橋本弁護人=「証人が弁護人として接した当初の石川くんの話す力、書く力、聞く力、というのは特段現在変わっておると」
証人=「そうですね」
橋本弁護人=「その当時は、証人の見るところではどの程度だとご覧になりましたか」
証人=「どの程度というと、私どもよく分からないんですが、さっき言いましたように、善枝さんの人形を切ったというような表現の程度ですね、程度的に言うとよく分かりませんが、ともかく現在とは格段の違いがあるということは言えます」
橋本弁護人=「善枝さんの紙人形を切ったという話ですが、狭山時代にすでにそういうことを石川くんは述べておったんじゃないですか。先ほど川越分室へ移ってから聞いたという風に証言されたんですが」
証人=「あるいはそうかも知れません。川越行ってから後は、中田という字の切り方を教えてもらったということでしたでしょうか、早い時期からだったでしょう」
橋本弁護人=「証人の経歴をお伺いしますが、最終学歴は」
証人=「昭和二十八年三月、金沢大学法文学部法学科を卒業しまして、昭和三十年東京大学大学院社会科学研究科修士課程を終えまして、そのまま博士課程に進んだのですが途中退学しました」
橋本弁護人=「司法試験を受けたためですか」
証人=「司法試験は、昭和二十六年十一月合格しました」
橋本弁護人=「修習生を修了したのは」
証人=「修習生を修了したのは昭和三十二年であります。修了と同時に弁護士登録をいたしました。先ほどのご質問の修習生になるために退学したのかというあれにお答えしなかったんですが、そうじゃなくて、博士コースに進学して休学して修習生をやりまして、弁護士登録すると同時に、もう一度、学校へ戻ったんですけれども、弁護士になってのち辞めたということです」
橋本弁護人=「弁護士を選ぶか、学者を選ぶかで、弁護士を選んだということでしょうね」
証人=「そうでしょうね」
橋本弁護人=「今まで手掛けてきた刑事事件について、二、三、証言して下さい」
証人=「弁護士をいたしました年から、メーデー事件の弁護人を行ないまして、翌年は松川事件の常任弁護人となりまして、その二つの事件を十何年間続けて来ているわけですが、そのほか白鳥事件、青梅事件、それから、公安条例に関する事件をいくつかやってました。蒲田事件、巣鴨事件などもやって参りました」
橋本弁護人=「中国人留学生殺しの事件を手掛けたことがありますね」
証人=「あります」
橋本弁護人=「最終的に無罪の判決を得たわけですね」
証人=「はい、劉春梅という被告の人ですが、二審で最初的に無罪の判決を受けました」
(以上 佐藤治子)
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公判調書は、ひとまずここで六月十五日午前の尋問を終える。次回からは昼休憩後の尋問の引用となる。