『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
写真は事件当時の狭山市近郊。
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【公判調書3306丁〜】(昭和四十七年六月十五日)
「第六十一回公判調書(供述)」
証人=中田直人(四十一歳・弁護士)
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橋本弁護人=「記録から明瞭ですが、被告人が単独で控訴しておりますね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「控訴をするということは予想出来ましたか」
証人=「いや、その辺については、私は分かりませんでした。と申しますのは、三月十一日の四、五日前だと考えるようになったんですが、さっき説明した、接見に行った時に大変異様な感じを受けて、私としてはその時に、それでも判決があったら控訴するようにということを石川くんに繰り返し言ったんです。しかし石川くんは、にやにや笑いながら、いいんですよ、いいんですよ、ということしか繰り返さないものですから、私は、あるいは控訴しないというようなこともあり得るのではないかという風に、むしろ考えていました。それで三月十一日の判決の前と後に、お父さん、お母さんに、浦和地裁の門から玄関へ入るあの道で、くどいように石川くんに会った時のことを説明しながら、ともかく、あなた方で控訴をするようにということを、私はお父さん、お母さんに繰り返し話しました」
橋本弁護人=「そうしますと、被告人が単独で控訴をしたということは、証人にとっては意外であったということですね」
証人=「意外と言うと、言い過ぎかも知れませんけれども、控訴を必ずしもするだろうとは考えていませんでした」
橋本弁護人=「控訴の申立てがあったのちに第二審の公判が始まるまでの間、証人は被告人と面接しておりますか」
証人=「はい、何度か、数回会っていると思いますが、手許の記録、その他を調べたのですけれども、メモとして残っているものはありませんでした。ただ三十九年の九月十日に第一回公判が開かれたわけですが、その前々日九月八日に、私が石川くんに会っているということも、訴廷日誌に記録されておりますし、その時のことは私としてもよく覚えています」
橋本弁護人=「その前のことをちょっと聞きますが、被告人が単独で控訴を申立てた直後に証人は面接していませんか」
証人=「私はしておりません」
橋本弁護人=「証人以外の弁護人が面接してますか」
証人=「橋本さんがしました」
橋本弁護人=「報告は受けましたか」
証人=「受けました」
橋本弁護人=「内容はどういうことですか」
証人=「会うに至った経過を申し上げますが、判決があった翌日、私は自宅におりました。午後だったと思いますが、新聞社のほうから電話がありました。そして、控訴をなさったそうですね、どういうお気持ちか、というようなことを聞いてまいりました。私は控訴したということをその時まで知らなかったわけです。で、今、何とも申し上げることはないと言って、その電話自体は切りましたが、すぐ事務所へ連絡致しまして、石川くんは自分で控訴したようだから、ともかく急いで会ってほしいということを橋本さんに伝えました。私どもとしては私も橋本さんも恐らく同じ気持ちだったろうと思いますが、死刑の判決を受けて、私どもがいろいろ疑問に思っていたことも含めて、石川くんは控訴によって否認するのだろうかという期待をも、その時は持ちました。ところが橋本さんは帰ってきて、電話でだと思いますが、報告された時に、どうもさっぱり分からん、狐につままれたようだということをまず仰ったんです。どういうことなんだと言ったら、会ったところが大変平然として、にこにこしていて、どういう気持ちで控訴したのかと聞いたところが、俺はばかじゃないから控訴したと、いきなりこう言われた、どういう意味なのかと聞いたところが、看守と言ったか、区長と言ったか、そこまではちょっと記憶が正確ではないですが、ともかく拘置所の人が、控訴しない者は、ばかだと、こう言ったから、俺は控訴したと、それしか言わないんですよという報告を橋本さんがしました」
橋本弁護人=「第二審の公判が始まる直前に証人が面接したことがありますね」
証人=「九月八日です」
橋本弁護人=「その時の模様はどうですか」
証人=「その時はいろいろな話を、やはりしたと思うんです。特に当然、第一回の控訴審の手続きを前にしてですから、控訴審の手続きを説明すると同時に、私どもが提出していた控訴趣意書の中身の話もしました。そのほか、それ以外にも、東京拘置所へ来てからも、関さんと手紙のやり取りがあるんだということを言ったこともあって、恐らくそういうことも話をしたと思います。で、かなり終わりのほうになってですが、いくつかのことは話をしたのですけれども、その時もやはり石川くんは、特に控訴審の手続きのことや、それから控訴趣意書の中身の問題の時には、あまりよく聞いてない様子なんですね。何かしきりに言いたそうな様子で、そろそろ面会を打ち切ろうかと思った時に、先生、今度の裁判で私は話出来るんでしょうかということを石川くんは急に聞きました。で、私はもう一度また控訴審というのは当然には被告人は発言することは出来ないんだというような説明をしまして、またもう一度手続きのことを説明した上で、もし何か言いたいことがあるならば僕らに言ってもらいたい、そうすれば私どもの口から話すか、あるいは被告人尋問といったような方法で、あなた自身が話すことも出来るんだからと言って、どういうことを言いたいのかといろいろ聞いたのですけれども、石川くんはどういうことを言いたいかをついに言いませんでした。ただ話したいことがあるし、話す機会があると俺は話したいんだということを言うだけで、何を話したいのか、ということについては、私に説明しませんでした」
橋本弁護人=「その接見は東京拘置所ですね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「接見時間はどのくらいですか」
証人=「時間は、私はその頃になるとかなり時間をかけて会うのが普通でしたから、一時間くらいも話したんでしょうか、記憶としてはありません」
橋本弁護人=「単独で接見ですね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「もっとも、その一審判決があってから証人の接見がなされるまでの間、他の弁護人が接見しておったという事実がございますね」
証人=「はい。何かそれで橋本さんから、面会に行ってもそっぽをむかれていて、というような不満めいたことを聞いたことが何度かありました」
(続く)