アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 354

【公判調書1310丁〜(3/21)】

供述調書(甲)石川一雄   右の者に対する恐喝被疑事件につき、昭和三十八年五月二十六日狭山警察署において、本職は、あらかじめ被疑者に対し自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取調べたところ、任意次のとおり供述した。

(一)本年五月四日私の家から東方約三百米位離れている畑道で堀兼の中田○○(被害者名)さんの死体が発見された日、私はそれを見物に行きましたからその事についてお話し致します。

午前八時頃、私は隣家の水村正一さんから今日は入間川へ行って魚釣りをやろうと誘われましたので私も魚釣りは好きですから一緒に行きました。二人で大体昼過ぎ頃迄魚釣りをし、私は四匹位、水村正一さんも二、三匹位しか釣りませんでした。それで家へ帰ろうとして竿を借りた入間川の石川富さん(運転手・三十五才位)の家へ寄って竿を返し、自宅へ戻ろうとして坂を上り友達の樋口明さんの家の前まで来たら、樋口さんのお母さんが入曽の山の方で死体が見つかった、という話をするので行ってみようと言うと、明さんが入曽ではない、此の前倉さんが首っこ(首吊)をしたところだと言うので、私は水村正一さん、樋口明さん、それに明さんのところに居た石川太平さん達と共に自転車で東里の死体の埋めてある場所へ行ってみましたら、大勢巡査がいるほか消防団や野次馬がいっぱいでした。私は樋口明や石川太平らと共に、殺された人が埋められている直ぐ手前のジャガイモ畑の中まで行って死体を掘り出すのを良く見ておりました。掘り出す私服の刑事や消防団の人がスコップを近所へ借りに行っているうちに、一旦三人で帰宅してジャンバーを引っかけて現場へ来ました。私が一度戻ってそのその所へ行ってよく見ておりましたが、死体が出て担架に乗せて何処かへ持って行ってしまいましたから顔形等は見えませんでした。私はその時報道陣の人から写真を撮られました。その日はそれから家へ帰って何もせず夕方まで遊んでしまいました。夜は何処にもにも行きません。後で私がその時テレビに映っていたという事を近所の人から聞きました。

(二)次に五月五日付

東京板橋の姉さん、一枝が三日にお客に来て病気になりそれ以来ずっと泊まっていて、一枝姉さんの夫、高橋としおさんが様子見に来たので何処へも出ず話し合っていたと思います。もし出たとしても小学校へキャッチボールをやりに行ったくらいで、入間川の市外には出ておりません。

(三)その後五月六日からずっと近所の水村国さんの処のコンクリー仕事や家の建前に行っていて、五月二十二日迄かかったと思います。その間、十三日 、十四日、十五日の三日間、稲荷山へ近い金子由治さんの鳶仕事をやりました。そのほか二十日頃、二日間同町内の常夫さんという家の風呂場造りに行っております。申し落としましたが、その間雨の降った日は休んだし五月十九日の日曜日は半日で仕事を仕舞い友達の水村正一さんと狭山湖の野球場へ野球見物に行きました。従ってその間西武園になど行った覚えはありません。

(四)次に私のアリバイについて兄の六造から五月一日の日は近所の水村しげさくの処へ鳶仕事に行っていた事にしておこうという話しをされた事について正直にお話し致します。それは五月三日か四日の頃の夜のことでした。初め、父ちゃんが堀兼の女学生殺しの事で世間がうるさいから、警察が来たら兄ちゃんと一緒に近所の水村しげさんの処へ行って仕事をしていた事にしておけと言われたので、私もその日仕事をしていないのでついその気になり、そう言おうと思いました。それから二、三日過ぎた五月六、七日頃、家の中で、おい一雄、五月一日はお前は俺と一緒に近所の水村しげさんの処で働いた事にしておくからなと申しますので私はその時、あんちゃんそれではそう言っておいてくれとお願いしたのです。そんな訳で父ちゃんと兄ちゃんが何時何処でその話しをしたか私には判りませんが、二人が話し合ってくれた事は間違いないと思います。石川一雄

右のとおり録取して読み聞かせたところ誤りのないことを申立て署名指印した。

狭山警察署刑事部捜査第一課  司法警察員  清水利一

*事件直後の、石川一雄被告人が犯行を否認していた段階での証言であるが、その内容を見たとき、質の高い詳細な述懐ぶりは、まさに経験した当人でなければ語れぬ視点に貫かれている事に気付かされる。第一審での、作文の棒読みのような証言を見ればそれは明らかであるが、となると順序が逆になるが、いずれは第一審公判調書にも触れなくてはなるまい。石川被告人の第一審の証言と第二審での証言とを対比させ、その文面から、被告人自身の正直な供述か、あるいは何かの密約に基づいた、例えば清水利一による十年の服役で全て許すといった甘言を信じ、それを保持するために押し通した供述か、等を分析し考察しなければならないだろう。もし「虚偽の証言・事実の証言。その判別方法」などといった書籍か有れば老生は即買いするであろう。

本文と関連する写真である。

写真は被害者の遺体が発見された日の日付けである。この写真のどこかに野次馬として参上した石川県被告人の姿が写っていれば、少なくとも今回引用した供述の裏付けは取れるのだが・・・。