『老生による、原文(狭山事件公判調書第二審)引用作業は常に泥酔状態で行なわれるが、中身は概ね正確である』
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【公判調書3591丁〜】
「上田政雄鑑定書に対する意見」(検事)
第三、窒息死の症状について
頸部についていた條痕について本鑑定書は、「添付写真五号を分析した結果右上方から左下方に向かうものが一條あり、それと反対に左上方から右下方に向かうものが三條ある」(三十五頁)としている。然し、前記の如く、写真による死体鑑定の限界は本所見についても言えることで、写真と被写体の誤差は撮影の角度、被写体の位置などから細かく観察しようとすればするほど大きくなるものであり、極端な場合は埋められ首が曲がって出来たシワか、あるいは頭の下に置かれた枕の状態によって出来たヒダか否かの識別も不可能にさせてしまうものである(本件写真中には頭部に新聞が敷かれた写真と、毛布様のものが敷かれた写真とがあり、頭部をいろいろと移動させたことが推認される)。写真のみが絶対に真実であるとする考え方が誤りであることを先ず指摘しなければならない。
次に本鑑定は「喉頭部下部の手掌大の皮下出血はその位置関係からみてその存在が著しく疑わしい。この部分に出来る出血は、絞頸の場合にしろ扼頸の場合にしろ、頸部の小さい筋肉内に生ずるものであって、手掌大の皮下出血が起こることはまず考えられない」(三十七頁)とする。その理由として、幅広い兇器・鈍体で絞殺・圧頸したのだから(三十八頁)だとし、従って「被告人の供述する如く右手の親指と他の四本を両手に広げて女学生の首に手の掌があたるようにして首を絞めたという所見は考えられない」とするようであるが、之もかたよった状況判断によって、一概に決めつけたきらいがある。最も重要なことは、本件は強姦行為を行ない乍(なが)ら首を絞めたのであるから被害者が之を排除しようとして暴れ双方が動くことにより加害者の手の力が動いて被害者の顎の下までに行くことが考えられ、首を絞める力も波状的に前頸部を擦るように作用したと認められ、その為、五十嵐鑑定書記載の如く舌骨部より下顎底にわたり手掌面大の皮下出血が生ずると共に、喉頭部より下部に手掌面大の皮下出血が生じたのであり、右所見が窒息所見と関係ないとは言えない。また手掌で被害者の前頸部を広く押さえることにより当然左右側頸部をも圧迫したことは明らかで、正に喉頭部を上から圧迫し気管を圧迫するのみでなく、左右側頸部を圧迫したとする所見が加わったものであり、「被告人の供述に当たる所見は考えられない」とする本鑑定の判断は賛成し難い。
(続く)