狭山の黒い闇に触れる 318
【公判調書1235丁】 証人=金子金三(二十九才・青果物商) 問うのは石川一雄被告人(以下、被告人と表記) 被告人=「あの、あなたの同級の石田清さんというのを知っていますか」 証人=「はい」 被告人=「あれは同級ですか」 証人=「同級ですね」 裁判長=「どこの同級ですか」 被告人=「中学も一緒だったと思います。小学校から中学。そうすると、年のことだけれども、石田清は私より一つ下だから二十九と記憶してますが、昭和十五年生まれじゃないですか」 証人=「十四年です」 被告人=「そうすると、二十九だね」 証人=「(うなずく)」 被告人=「さっき三十一と聞いたからね、ちょっとね」 裁判長=「誰の年言っているのかね、石田清の年のことかね」 被告人=「証人の年です。三十一と聞いたからね」 裁判長=「昭和十四年十二月五日生まれ」 被告人=「それは二十九だね。それから、死体が出た時に、あなた見に行ってましたね。三十八年の五月四日」 証人=「・・・・・・・・・」 裁判長=「被害者の○○(被害者名)ちゃんの死体が発見された時、見に行ったかと聞いているわけです」 証人=「向こうへ配達に行ったから行きました」 裁判長=「死体の発見された場所へ」 証人=「場所へは行きません」 裁判長=「どこまで」 証人=「住宅のところまで」 裁判長=「誰の」 証人=「・・・・・・・・・」 被告人=「住宅はわかりませんけれども、死体のところで見たような気がします」 裁判長=「死体を発見した畑の中で」 被告人=「ええ。記憶ないですか」 証人=「忘れちゃったな」 被告人=「じゃ、これは一番重要ですけれども、五月一日の日に、俺がちょうど三時か、所沢乗ったのが二時頃だったから、三時頃だったと思いますが、あなたが店に立っていた時、どこへ行くだとあなたが言葉かけたのを憶えてますか。二時か三時までの間。それで私がパチンコだと、手真似して教えたこと、あなた笑って答えたじゃないですか、そのとき。五月一日、ちょうど事件のあった日、パチンコかとあなたが言ったから俺が手真似してこれだと言った・・・・・・」 証人=「・・・・・・・・・」 被告人=「二時から、大体三時頃だと思います」 証人=「忘れましたです」 裁判長=「憶えてない」 証人=「はい」 宇津弁護人=「あなたここに、法廷に来られる前、今日でも何日か前でも警察の方に会ってますか」 証人=「会ってません」 (以上 佐藤房未) 『この速記録は、裁判所速記官=重信義子および裁判所速記官=佐藤房未が速記した速記原本にもとづき反訳したものである。 昭和四十三年九月二十六日 東京高等裁判所第四刑事部 裁判所速記官 沢田伶子 裁判所速記官 佐藤房未』 *証人が「・・・」と詰まる場面がある。「忘れました」と流せばよいものを、そのセリフさえ浮かばせぬ質問にはもしかすると重要なシグナルが隠されているのかも知れない。そして「忘れました」が決まり文句の青果物商から、遺体発見現場を見に行った事実を引き出した裁判長は、珍しくいい仕事をこなした。なお、最後に宇津弁護人から発せられた「警察の人に会ってないか」という質問は、老生が感じる狭山の黒い闇と同質の性格を帯びる。彼はよくぞ法廷でそれを述べ、こうして公判調書に残してくれた。芋焼酎ぬる燗に舌鼓をうちながら老生は布団に入った。