アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 72

疑惑の万年筆について書く前に、第十三回公判調書を途中まで読んだ印象を述べよう。橋本弁護人が問い、将田政二証人が答える展開であるが、証人は質問の内容によって二通りの答え方をする。一つは記憶通りに明確に答える。残る一つは“とぼける”という答え方である。この“とぼける”時に証人が発する言葉は概ね、「失念した」「記憶にない」「思い出せない」でありこれをローテーションさせ弁護人の問いに対抗している。また、その使用頻度は少ないが、「・・・」という語らずに済ます答え方も使う。しかし弁護人と証人との問答、すなわち公判調書を通して読んだ場合、証人の記憶の正確さと、対して記憶の喪失具合の差が甚だしく目立ち、私は不自然であるとの印象をもった。もし私自身がこのような答弁をすると仮定し推察してみると、証人は常に、頭の中で伏せておくべき事柄に注意を払い法廷で証言しているのではないかと、このように踏まえ公判調書を読むと自然な印象になるのが逆に不思議である。以上が調書を途中まで読んだ印象である。さて次は万年筆について。前回にも触れた通り、第十三回公判調書:579丁下段に将田政二証人による「筆入れか服のポケットに万年筆があった」「持っていたことは持っていた」との証言であるが、この直後弁護人が更に、やや強めに質問を浴びせると証人は「被害品の捜査は徹底してやっておりますが、発見に至らなかったということだけは憶えております」と答えるが、ここに一つ矛盾が発生している。筆入れは発見に至らず、しかし直前の証言では筆入れか服のポケットに万年筆があったと語っている。どちらが事実か。将田政二証人がうっかり喋ってしまったのか。頭に残った、署内で見た極秘証拠物の残像を、つい言葉にしてしまったのか。いずれにせよ私の推測に過ぎないが。そして、より重要な箇所が「万年筆があった」「持っていた」である。筆入れにせよ服のポケットにせよ、ここでは万年筆の存在が証言されている。被害者が複数の万年筆を所持していたなら私の疑問は消えるのだが。と、ここまで書いてきたが、やがて万年筆の問題は重大な疑惑を呼び起こす事となるが、私は公判の進行に沿って記述することにしており、今、その疑惑には触れない。ただ、ここで確認しておきたいのは「将田政二証人が見た万年筆」「石川被告の供述により発見された万年筆」「被害者が所持していた万年筆」これらが同一の物か、どうか。これを明確にすることを頭に入れ公判調書の続きを読んでゆくことにしよう。                                                                               

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(警部補、ここにササミの匂いが残っておりますな、と左の鑑識職員は囁いていた)