アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 916

【公判調書2894丁〜】

                   「第五十四回公判調書(供述)」

証人=関 源三(五十五歳)

                                            *

石川被告人=「関さんが取調べる時手錠をかけていましたか、両手あるいは片手、または外しても」

証人=「手錠は片方」

石川被告人=「いつも片方だったですか」

証人=「いつも片方だと思います」

石川被告人=「自分が絶食してから何日頃経ってから関さんとお会いしたですか」

証人=「私が川越へ行った時に石川君が飯食わないんだということを聞いたんです。じゃいつ食わなかったかということは聞かなかった」

石川被告人=「何日くらいだということを」

証人=「二、三日という風に聞いたと思います」

石川被告人=「先ほどの金の件でですけど、自分が東京拘置所へ移されてから、狭山の諏訪部課長さんから金を預かって来たからて(原文ママ)、多分七百円だったと思いますけど関さんがくれたんじゃないんですか」

証人=「私は千円です」

石川被告人=「七百円というのは諏訪部さんから預かってきた金、自分は多分その二、三日後諏訪部さんに手紙出しているような記憶があるんですがね」

証人=「諏訪部さんから預かった金というのは、私持って行った記憶はないんですが」

石川被告人=「いや、多分関さんが入れたように、ほかはないんですね」

証人=「ほかに行った人ですか」

石川被告人=「関さんよりほかそういった諏訪部さんから金を預かって入れてくれるとかいう人は」

証人=「はっきりしません、私はまず自分の千円だけだったと思っているんですけどはっきりしません」

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裁判長=「さっき所沢の某、練馬の某からあったと言うんでしょう、それを諏訪部に預けたかも知れない、そうするとそれをいよいよ石川に渡したほうがいいということになったということについては、これは捜査課の同僚あるいは上のほうの諏訪部という者から、これを渡してやれと言われたかも知れないような供述もしているんですからね、だからそうなれば諏訪部の金であるか預かってきた金であるか知らんけれども、諏訪部から何びとかの手によって被告の手に渡ったという風に見るほかないね」

証人=「はい」

裁判長=「そうするとそれを渡した者がさっきは誰だか分からない、自分じゃないと思うと言ったが、被告の言うにはあなたの手から直接自分は渡してもらった記憶があるという風に今聞いているんだが」

証人=「それは川越にいる時のことですから東京へ来てからはそんなにないんです」

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石川被告人=「その練馬の人から預かった金というのは千八百円だと思ったですね、多分浦和へ移されてから翌日、霜田区長から関さんから預かったということは聞いているんです。自分が起訴されたのは七月の十日だから自分の所へ来たのは十日ですね、その時は多分千八百円だったと思ったですね。それは一番記憶しているんですよ、自分としてはその後東京拘置所に移ってから諏訪部さんからて(原文ママ)、多分七百円だったと思いますが、関さんから入れられた記憶があるんですね、それから二、三日後、諏訪部さんに手紙を出したような記憶があるんですね、その時多分関さんは五百円差入れたと思うんです。だから千二百円ということになるんです」

証人=「まあ私が忘れたのかどうか分かりませんけれども、そういう記憶はないんです」

石川被告人=「それから川越でダボシャツていう不良がよく好んで着るシャツを関さんが入れた記憶ありますか。この点、うちの者に聞いたらそういう物を買って渡した覚えはないと言うんです」

証人=「私は自分で品物を買って渡したことはないですね」

石川被告人=「七月の多分起訴される少し前だったですけどね、多分それ二百円の正札が貼ってあったですね」

証人=「品物を私が買って石川君の所へやったのはないです」

石川被告人=「そうするとそれはやっぱりうちから来たということになるんですか、関さんが入れないとすれば」

証人=「それも覚えてないですね」

石川被告人=「自分が関さんに最初に三人説を自白させられたのは関さんは何日と記憶しているんですか」

証人=「あれは六月二十日と思ってます」

石川被告人=「自分は六月二十三日と記憶している。その日にちはとにかく、次の日自分は鞄を捨てた図面を書きましたね」

証人=「はい」

石川被告人=「その時、関さんはすでに教科書が発見されたのを分かっていたんじゃないですか」

証人=「教科書は二十五、六日じゃないかと思うんです」

石川被告人=「それは前回の九月九日の宇津弁護人の質問にそういう風に答えていますけれども、その後いろいろ関さんの証言などを拾ってみますと、昭和四十年の九月の第五回公判の時、中田弁護士の質問に対して本が出たということは知っていましたという風なことを述べているんです。それはだから自分としては教科書と鞄を一緒に捨てたということになるから、関さんはそれじゃうまくないから、そういう風にその後で述べたらいいんじゃないかと、独断で考えてそういう風に言ったのかなと自分は考えているんですがね」

証人=「そうじゃないんです。日や何かのことであるいは記憶違いがあるかも知れないけれども、その後いく日か過ぎていたということには間違いないです」

石川被告人=「それじゃ四十年に答えたのは結局嘘をついたということになるんですか」

証人=「嘘をついたというんじゃないんですけどね、いろいろ考えて、古い話だから」

石川被告人=「四十年の方がかえって新しいんですがね」

証人=「・・・・・・・・・・・・」

石川被告人=「だから四十年の方が真実とすると九月公判で答えたのが嘘ということになっちゃうですね」

証人=「嘘というんじゃないんですけど、私はそういう風に考えていて、そのことを考えた通りに申し上げたわけなんですよ、思い出してですね。忘れちゃったりしたこととかそういうのがあるんですけれども、本当に自分で考えてみて間違いのないことを答えようとして申し上げているわけですけれども」

石川被告人=「その時結局は自分としては一緒に落っこっちゃったということで鞄と教科書とゴムひもも一緒ということになっているから、それじゃ自分は教科書が見つかっているのは分かっているんだから、それじゃ関さんがそういう風に日にちをずらしていると自分はそう考えているんですがね」

証人=「そういうことはないです。私は嘘を言うとか、そういうことはしません。鞄は二十一日ですね、あれ二十日の晩に一番最初行ったですから」

(続く)