アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 222

   狭山事件に取り憑かれた私は、公判調書の一部を適量綴じて、どこへ出かける時も持ち歩く。これは、何も四六時中、狭山裁判の検証のみを考えているわけではなく、文章技術という角度からの見方、それから単に、読書という楽しみ方(事件被害者及び関係者の方々には失礼であるが)も味わえるからで、その意味に於いては、私の趣味であった古本屋巡りもめっきり回数が減った。それほどこの公判調書は様々な魔力を秘めているということだろう。そのように、常に公判調書の一部を肌身離さず持ち歩く私は、しかし先日読んだ本多勝一氏の著作『日本語の文章技術』p.77の、「〜当人への人権侵害や侮辱」という、間違った引用を行なった場合の引用元への迷惑に関わる文章を見て、はて裁判記録の「著者」は誰か、と考えてみた。そして範囲を広げ「著作権」とし、調べてみると、どうやら日本国にその著作権は帰属することが分かってきた。となると、引用文の句読点を変更しブログに掲載した私は、日本国政府から人権侵害や侮辱罪で訴えられる可能性が出て来たのであった。だが、元はと言えば裁判所速記官が誤った反訳を・・・もうこの話はやめよう・・・。さて、本日は全く狭山事件裁判に触れることが出来なかったが、日本語の文章技術という角度から見た裁判記録は、元朝日新聞看板記者である本多勝一氏を持ってしても「わかりにくい悪文(『実戦・日本語の作文技術』p.149)」と切り捨て(氏が著書で引用したのは『公電漏洩事件』であり狭山事件は関係ない)、次の感想が載っている。「(公電漏洩事件の判決文に対し)職業がら私もこれまでにいろいろなタイプの文章を見てきました。しかしこれほど猛烈な、ひどい文は初めててあります。よくもこんなものを作ったもんです。パズルか何かを作る目的で、あらかじめ組み込むものを用意しておいて、ヨーイドンで全力をあげて複雑に組み立てたらこんなことになるでしょうか。こういう馬鹿げた「作品」は、しかし馬鹿では創れないでしょうから、一種の天才かもしれませんね」……私は、まさしく同感だと、これを読み小躍りしたが、己れのブログを見返した途端、その絶望的文章に目を剥き、赤面しつつ素早くブログを閉じた。                                                                                                        

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( 最近、写真の黒い板表紙も見られなくなった。私は文房具屋で見つけると、なるべく買い占めている。ただし「コクヨ製」に限るが)