
当時の芋穴の内部。

芋穴の蓋には空気穴が開いている。
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【狭山事件公判調書第二審4248-42丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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七 つぎに芋穴から発見された棍棒について、本件の捜査段階で一応の捜査が為されたが、その結果、本件事案と関係があるかないかが判明するに至らなかったことは、当審で取調べた捜査関係者の証言に徴して明らかである。
証人=新井千吉の原審公判における供述によれば、同年三月二十日頃、芋穴の中を掃除して、上の蓋を閉めておいたというのであるから、本件で問題とされている棍棒がそれ以後に、何人かによって芋穴の中に投げ入れられたものと推測できる。ところで、記録上明らかなように、芋穴の蓋には二枚とも円型の空気穴が開けられているので、蓋を閉めたままの状態でも、右の空気穴から容易に本件の棍棒を穴の中に投げ捨てることができる状態であるから、本件以前において、本件と何らの関係もない何人かによってその棍棒が芋穴の中に投げ捨てられたという推測も十分可能であると思料される。
また、当審証人=長谷部梅吉が供述するように、当時本件に対して行なわれた、いわゆる山狩りの捜索隊員が山を歩くのに杖がわりに持って歩いて、たまたまそこへ捨てたという事態も十分考えられるのであって、棍棒それ自体の客観的形状から見ても、それが直ちに本件犯行と結びつくと思われる節は全くない。
ただ、右棍棒が、たまたま被害者の死体発見と日を同じくして、死体埋没箇所からほど近い芋穴の中から発見されたこと、および右芋穴は被害者の死体が一時吊るされていた場所であるために、あるいは右棍棒は本件死体遺棄の犯人によって捨てられたものであり、また右犯行と何らかの関係があるのではないかという推測の余地が残るだけである。しかし、この棍棒を本件事案ないしは犯人と関係付けるためには、かなり極端な推測を巡らす必要があるのであり、その推測が真実であるというには、これを裏付けるための十分な実証を要するわけである。
ところで弁護人は、本件棍棒は、犯人がそこへ投げ入れたものであり、それは、この地方に古くから伝承されている特殊な宗教的習俗によるものであるとして、前記の和歌森・上田鑑定書を援用し、狭山市内および周辺地域の墓制・葬送習俗において見られる、魔除けあるいはオオカミ、犬などを避けて埋め墓を守ろうとするハジキ(注:1)の習俗の変形としてそこに置かれたものであると主張し、よって以って犯人は被告人ではなく、被告人の自白は信用性がないと主張するもののようである。
しかしながら、和歌森・上田鑑定書は、前にも一言したとおり、こと本件に関する限り全く独自の前提に立った独断的鑑定であると評するのほかなく、その採用に値しないことは明白であると思料する。
もともと、本件と関係があるかどうかも客観的には定かではない押収物の棍棒につき、被告人の捜査段階における供述がこれに触れていないことは何ら異とするに当たらないことであって、そのことを理由に被告人の自白の信用性を伝々する弁護人の主張は失当であって、理由がないものと思料する。
(続く)
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注:1「ハジキ」(犬ハジキとも言う)=土葬された屍はやがて腐敗するが、その匂いを嗅ぎつけた野犬などが墓を荒らす。これを防ぐために弾力のある木の棒をしならせた状態で地面に差し込み、これを野犬などが掘ると木の棒が弾け、驚いた野犬は逃げるという。

写真で見ると「ハジキ」の意味が少し理解できる。地面に湾曲した形で差し込まれた木の棒の本来の用途を考えると、芋穴から発見された棍棒は、その太さから見て「ハジキ」としては使えないと思われる。一応、「ハジキの習俗の変形」とは書かれているが、「変形」とは何だろうか。