
農道に埋められた被害者の遺体の頭部付近にあった玉石。この玉石に関して石川被告は、取調官から「おまじないか」と聞かれ、「分からないから黙っていた」と述べている。(第二審二十六回公判)
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【狭山事件公判調書第二審4248-38丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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第九 自白と、玉石・棍棒並びに死体埋没の際の残土との関係。
一 弁護人は、司法警察員=大野喜平作成の実況見分調書中の「死体の右側頭部に接して」発見されたという「人頭大の玉石一個」につき、被告人の自白中、右玉石に触れた供述が全くなく、本件現場の土質から考えても右のような玉石が死体を埋没した現地の地中に自然に存在したとは考えられないので、恐らく犯人が被害者の死体を埋没する際に他からこれを持って来て埋めたものと考えざるを得ないが、真犯人ならば必ず記憶していて供述すべき玉石のことにつき、被告人が全く供述していないのは、被告人が真実そのようなことをしていないからに他ならない、すなわち、被告人は死体を遺棄した犯人ではなく、死体遺棄に関する被告人の捜査段階における供述は信用性がないと主張し、八幡敏雄作成の鑑定書一通並びに和歌森太郎、上田正昭作成の鑑定書一通を援用する。
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二 しかしながら、大野実況見分調書にいわゆる玉石は、証拠物の現物に即してみても明らかなように、玉石とは名ばかりの、変哲もない単なる石塊であり、それ自体が死体の埋没と特段の関わり合いのあるような物とは到底考えられない。
しかも右玉石が、埋没されていた被害者の死体の近くの土中に存在するに至ったのは、所論のように犯人が他からこれを持ってきてこれを死体とともに埋めたためであるとは、にわかに即断できないものと思料する。すなわち、八幡敏雄作成の鑑定書によれば、本件現場の「地域一帯は、いずれも立川ローム層に覆われており、その表層地質の構成が類似していることは関東ローム研究グループ著『関東ローム』の添付地図で明らかであるが(鑑定資料の大野喜平作成実況見分調書中の…このカッコ内は検察官が説明の便宜上捜入したもの…)『現場の土質は黒色の柔らかい土で』の記述および『現場写真十一号』からみて、表層の腐植化の進んだ『黒ボク土』は穴の底近くまで及んでいるように判断される」(同鑑定書二枚目表一行目ないし六行目)というのであって、同鑑定書にいうところの風積性火山灰の成層であるというローム層は、本件被害者の死体が埋没されていた箇所よりさらに下層にあることは同鑑定書の記載から推認されるところであり、大野実況見分調書並びに当審証人=大野喜平の第四十四回公判における供述によれば、本件玉石は、被害者の死体より幾分上方にあったというのであるから、玉石の存在した地層は、ローム層に達する以前のその上層にあたる「黒ボク土」中にあったことが明らかである。
したがって、右八幡鑑定書中の「風積性火山灰の成層の中に『玉石』の語で表されるような、しかも寸法と重量とから考えて密度が3に近いと推定されるような石が、自然の生成過程の中で混入することはあり得ない」(同鑑定書二枚目裏一行目ないし五行目)という記述は、本件被害者の死体が存在した位置よりさらに下層のローム層については妥当することであっても、その上層にある黒ボク土については事情が異なるものと言わざるを得ないのである。
一方、当審証人=長谷部梅吉の第五十一回公判における供述中、「ですからあそこの場合は農道とは言え、前には片方が山林であったと、これは私は聞いたんですけれども片方は畑であったと。ところが戦時中ですね、農作物の増産、増産というので山の木を切ってしまった、木があると木の根が畑に入るので、そこを境界として掘って深く溝をさらった。そして木の根が畑に入らんようにした、しかしその後、この溝は無駄になるからというので、山の土と畑の土を入れて溝を埋めて農道になった、たまたまであるがそこを掘ったんですね。だから上の土は農道の土で固くなっているが上をちょっと掘ると下は腐葉土なんですね」という供述は、当審証人=新井千吉の第六十七回公判における「本件農道の上の畑は山で開墾地であるから非常に荒れており、農道付近は低いところで二尺くらい穴が開いていたり、篠が生えて高かったり低かったりしたので泥を高いところから運んだりして整助(原文ママ)した」旨の供述に照らしても首肯できるものと思料されるが、右長谷部証言にもあるように、本件の死体埋没現場の農道は、もともと溝になっていたところへ他から土を持って来て埋め立てて作られたものというべきであるから、少なくとも地質の表層の相当部分が、本来のローム層でないことは当然のことであり、右埋め立ての過程において、本件玉石の如き石塊がその表層の土中に混入する可能性は大いにあるものと言わざるを得ないのである。
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◯文中の"二"に見られる「〜検察官が便宜上捜入〜」の『捜入』という単語は、これが誤字ではないとすれば辞書などには登録されていない単語である。したがって老生如きには意味すら分からない。
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検事=大槻一雄は「玉石とは名ばかりの、変哲もない単なる石塊であり」と述べ、「それ自体が死体の埋没と特段の関わり合いのあるような物とは到底考えられない」と切り捨てる。
しかしこの玉石の存在は、現場で実況見分を行なった司法警察員=大野喜平が、これに違和感を感じ記録に残したからこそ周知されたものであり、その点を検事はさらに踏み込んで熟考するべきであっただろう。冒頭にあげた、取調官が石川被告に「おまじないか」と問うたことも、これは取調官も玉石の存在の意味が掴めずに発した問いであり、そこには検事の感覚とは真逆な、遺体とともに虚を突くように現われた玉石に対する素朴な疑問が込めらていたからこそであろう。