アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1358 【判決】57

                        【狭山事件第二審・判決 】

(玉石・棒切れ・ビニール片・丸京青果の荷札・残土・財布・三つ折財布・筆入れについて)

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(3)ビニール片と「丸京青果」の荷札について。

   所論は、五・四員大野喜平作成の実況見分調書には「発掘し始めた穴を更に掘り下げるに古い茶の木の葉やビニールの汚れた紙片等が土に交じって掘り出された」との記載があり、同調書添付の11号の写真には「(ち)ビニール布」との説明があるビニール布が写し出されている、このビニール布について被告人は自白調書中で何も供述していない、他方、五月七日付朝日新聞夕刊(東京三版)には「捜査本部は死体に付いてあった布きれに着いていた東京築地市場の丸郷青果(なお同紙五月六日夕刊、東京三版には『丸京青果』とある)の荷札は、その後の調べでは地元の堀兼農協が農作物の出荷用に主として上赤坂地区の農家に配っているもので、農家は使わないで残った分は畑を区切った時の目印などにしたりするほか、農家以外にも多少流れていることがわかり、犯人が地元にいることの一つの裏付けがとれた」との記事があり、この記事と前記のビニール布とが妙に結びつく、つまり右記事によると丸京(又は丸郷)青果は堀兼農協に対し出荷用としてビニール布と荷札を提供していた模様で、その出荷用ビニール布と荷札が死体と共に発見されたのではないかと推測される、しかし、この荷札もビニール布と同様、領置されていないし、被告人の自白調書にも全く現われない、本件の捜査には疑惑があるというのである。

   しかしながら、死体発掘現場の実況見分調書を作成した員大野喜平は、当審(第四四回)において、「(実況見分調書に記載してある茶の葉というのは)その馬道のすぐ側は茶の柵になっていて、その根元のほうから掻き込んだものの中に厚葉のものが多少古いものでも入ったというような感じでした。ビニール紙片は、私の感じで、農家の人が冬、苗なんかを作った時ビニールの、こう、竹かなんかにかぶした、よく温室というか、暖かく栽培するそういうものの、破けたものが、ちぎれたものが風が吹いて茶の柵のほうに引っ掛かっていたもののように思うんです」と証言し、他方、本件捜査に携わった員将田政二は当審(第五〇回)において、「あの荷札は被害者の死体から縄をほどく時、頭の部分とか足の部分というのが、わかんなくなっちゃいますね、そのために死体の解剖をやった鑑識がほどく時に付けたんだということだったと思います」と証言しており、現に前示の実況見分調書添付の写真27・28・30・31を見ると、死体から手拭いを切り取った際その原状を示すために荷札が付けられており、各荷札の表に「(◯内に京の字)青果」と表示されていることが裏から透視できるのである。

   叙上の関係証拠に徴すれば、ビニール片は、農家でビニール栽培用に使用したものが風に飛ばされて、たまたま農道近くの茶垣の根元辺りに吹き寄せられていたか、又は偶然その辺にあったものが掘り出した土と一緒に穴の中に埋められたのではないかと考えられ、また丸京青果の荷札は、警察官が証拠物件を整理するために付けたものと認められる。してみれば、所論が指摘する新聞記事は、記者の想像を交えた独自の判断を記事にしたものと考えられる。

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(4)死体埋没穴の残土の処理について。

   所論は、八幡鑑定を援用して、農道を掘って穴の中に死体を入れ、その上に土をかけて死体を埋めると、多量の残土が出るはずであるのに、大野喜平作成の実況見分調書をみても、残土に触れた記載がないし、被告人も自白調書中で残土を処理したと供述していない、したがって、現場の状況からみて、犯人は残土をいずこかへ持ち去ったか、あるいは極めて丁寧な作業で相当広範囲にその附近に均一に散布したかのいずれかを想定するほかはない、被告人の自白にはこの点の説明がない、かように自白が客観的事実と相違することは、被告人が犯人でない証左であるというのである。

 

   五・四員大野喜平作成の実況見分調書には残土に関する記載がないが、同調書によって認められる死体を埋没した穴の大きさ、附近の土質などからみて、死体を入れて土を埋め戻した場合に、少なくとも死体の体積と同量ほどの残土が出るであろうことは推認するに難くない。しかし、その場合の残土が現実にどのくらいであるかは、その埋め戻し作業の方法如何によって変りがあり一概には断定できない。現に、八幡鑑定にある埋め戻しの二つの実験例をみても、残土の量が極端に相違しているのである。すなわち、実験例のうち、あまり踏み固めをしない場合には、残土の量が二四七瓩(キログラム)(石油かん約一六杯分)であるのに、埋め戻しに際してかなり踏み固めをした場合には、残土の量が九二瓩(石油かん約六杯分)ということであり、踏み固めの程度によって残土の量が約三分の一に減少しているのである。

   しかも、同鑑定では「火山灰土では一般に作業を丁寧にやれば踏み固め後の土量と自然状態との比を1以下になしうるというのは土木施工上の常識であって、本実験でも後者の場合に踏み固めが全層に亘(わた)って穴の中央部なみに行なわれたならば、全土量が残土なしに穴の中に戻ったはずだという計算結果が出た」と述べており、これによれば踏み固めを十分行なえば、残土はほとんど出ないことが推認できる。しかも、同鑑定によれば、踏み固めを十分行なっても、穴を掘り死体を埋没するに要する時間は、実験例での約三十分ないし三十五分の作業時間よりもさほど長時間を要しないことが推認できる。

   然るところ、死体発掘地点近くの畑で農作業をしていた証人=鈴木要之助は原審(第三回)において、「五月二日、三日、四日の連日、死体発見現場の農道を通った、そこの土が変わっていたので、これは犬か猫でも埋めたものかと思っていた。その土の所は平らになでてあった。穴の上には乗らないけど、何の穴だろうと思って足のかかとと、爪先でこいでみたところ、爪先がこのくらい引っ込んだ、引っ込まない所もあった」と供述しており、また、五月四日消防団員として山狩りに参加した証人=橋本喜一郎は、原審(第三回)において、「一米くらい地割れがしておりましたので、棒で二、三回つつきましたら、軟らかいために穴があいた」と供述しており、これらの証言によると、残土については触れていないが、埋め戻した後は平らに地ならしされていたこと、降雨のために(航空自衛隊入間基地司令名義の「気象状況について」と題する書面によると、五月一日から二日にかけて三十数粍《ミリ》の降雨があったことが認められる)掘った部分が沈み込み、地割れしていたことが認められる。

   そして、この点についての被告人の供述をみると、七・六検河本調書中で「死体を埋めた穴を掘った土は、その脇の麦畑や茶の木の方に放ったのだが、穴に死体を入れてから、その土をかけて大体平らにしたわけです。だから麦畑辺りに掘った土の残りがそのままあったかも知れません」と供述しており、これによれば、被告人が埋め戻した後に穴の上を押さえて平らにしたことが窺われ、また、残土はさほど多量ではなく、それも辺りにまき散らしたままになっていたと認められる。

   加えて、一件記録に徴すれば、被告人はかつて土建業=西川正雄方に雇われて土方仕事をした経験もあるうえ、人並み優れた体力と腕力の持主であることが認められるのであるから、スコップで農道の土を掘り起こし、近くの芋穴から死体を引き上げ、これを掘った穴の所に運んで穴に入れ、穴を埋め戻して踏み固めるという一連の作業を迅速、的確に行ない得たであろうことも推測することができる。

   叙上の関係証拠に徴すれば、残土はさほど多量ではなく、その残土も被告人が麦畑などにまき散らしたままになっていて、降雨によってその痕跡がなくなったものと推認できる。そうだとすれば、大野喜平作成の実況見分調書中に残土に関する記載がないことも格別異とするに足りないことであり、被告人が埋め戻しの方法について詳細な供述をしていないからといって、残土処理に関する自白に疑いがあるとすることはできない。

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次回(5)へ進む。

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   ◯引用中の、誰が読んでも不可解な判決文に疲れ、日頃から老生の心身にまとわりつき心をかき乱す妄念・欲望、すなわち煩悩が頭をもたげ、府中の東京競馬場へ馬券を購入しに行くはずだった昨日、見事に寝過ごしそれを買いそびれる。あっさり断念したが、その理由は概ね的中しないからである。なので熱々の朝風呂につかり、その後は熱燗で一杯やり、身体が火照ったまま所沢古本まつりへ向かった。

(所沢駅東前"くすのきホール"本会場。写真ではほぼ伝わらないが、会場内は古本の海であり、すべての古本の背に目を通すと最低でも2時間は要する)

   多少酔ってはいたが、いや、酔っていたからこそ今回は豊作であった。脳内の検索部位に潤滑油(酒ですな)が流れたおかげであったと思いたい。やはり酒は脳と身体に良いのだな。

大谷が投げてくれたかと思うくらいストライクゾーンド真ん中の古本たちである。すぐ読むのが惜しい。

ちなみにこれ等は五冊で2.425円での購入であった。

特に興奮したのは以下の二冊を発見した時である。

馬券どころではない収穫を得、超満足し帰宅する。