
木綿細引紐(上)と、その紐が被害者の遺体に巻かれていた状態(下)。

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【狭山事件公判調書第二審4248-37丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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六 つぎに、被害者=善枝の首に巻いてあった前記符号六号の木綿細引紐については、捜査段階以来、被告人は終始覚えがないと称して供述するところがない。鑑定人=五十嵐勝爾(かつじ)作成の鑑定書によれば、被害者=善枝の死体前頸部に存在せる赤色斜走線は生活反応なく、索状物(荒縄又は麻縄の類)の死後の圧迫により生じたる死斑と判断されるというのであり、このことと被害者の死体の頸部に右細引紐が巻きつけられ、ひこつくし様に後で締められていたことを併せ考えれば、犯人が被害者を殺害後、死体を埋没するまでの間に、何らかの必要から、その首に右細引紐を巻きつけ、ひこつくし様にしつつ一定時間頸部に圧迫を加えたことを推認するに十分である。
これは、被害者の死体が発見された際の客観的状況から考えて、被害者の死体を地中に埋没した犯人の所為(注:1)であると推認するほかはない。しかも、前記のように被告人は死体遺棄の現場付近において右細引紐を入手することが可能と認められる状況にあったこと、および被告人の自白による被害者殺害とその死体遺棄に至る犯行の経緯に照らせば、被告人が被害者を殺害後、その死体を埋没するまでの間において、被害者の死体に右細引紐を巻きつけ、ひこつくし様にその一端で輪を作って他の端をこれに迪し(注:2)、その端を引っ張ることによって頸部に圧迫を加えたものと推認するのが相当であると思料する。
もっとも、被告人がその間、何時、何処で、何のために、且つ如何なる状況のもとにそのような所為に出たか、その具体的状況は全く不明である。
弁護人は、そのことにつき被告人が捜査段階から一貫してそのことを語らないのは、被告人が真実そのような所為をしていないからであると主張しているが、死体が発見された際の客観的状況並びに被告人の自白によって認められる殺害後、死体埋没までの経緯に徹し、右主張は容認できない。(続く)
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注:1「所為(しょい)」=なすところ。しわざ。おこない。
注:2「迪」=この文字については以下の情報がある。
- 意味 ①みち。道徳。 ②みちびく。教えみちびく。「啓迪」 ③ふむ。すすむ。いたる。
- ・・・だが、本文の「迪し」をどう読むのかが老生には分からない。また前後の文脈からみて、ここは「通し」という字句を使用すると分かりやすい気がするのだが・・・。
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- 『ひこつくし』とは何か。
- 「狭山事件」(亀井トム=著)六十七頁にはこうある。
- 「二、三の古語辞典をめくってみると『ひこつくし』という言葉は見つからず、その前後に『ひこづるう』(強くひっぱること)『ひこつかす』(鼻をひくひくする)という言葉が出てくる。何か動物を捕まえたり、引っ張ったりすることに関係がある縛り方のように思えたので、その方面に詳しい人に聞こうと当たったが知っている人にぶつからず、やっと未解放部落の年配の人から教わる機会を得た。それは野犬を捕獲するとき、弾力のある木綿紐の先を二本にして小さい輪をつくり、そこに一本の紐を通し、投げ縄のように大きい輪をこしらえ、紐のもとは左手でしっかりと握り、輪の端を右手で掴んで、目指した犬の頭の辺に輪を投げて引っかける。犬が身を退くようにしたり、逃げたりすると首の輪が締まる。もがけばもがくほど首の輪はきつく締まる。あまりきつくなるときは輪のもとに端の出ている紐を少し引っ張るとすぐ首の輪は楽になるという巧妙な仕掛けである。野犬狩りの名人はこのよく考えられた永(なが)い経験の結晶である縛り方を秘伝として会得しており、父子相伝式に継承しており、滅多に他人には洩らさない。(これはカウボーイ等の投げ縄の縛り方とまるで違う、複雑で巧妙な縛り方であり、狭山付近では数えるほどしか熟練者はいないのである)」
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- 写真上は『ひこつくし』様の縛り方を説明する荻原祐介氏。写真下は『ひこつくし』に縛られた木綿紐。この荻原祐介という人物は第一審公判の後期、石川被告に対し、「やっていないのならばそう言え」とハッパをかけた方である。