アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 925

被害者の遺体を後ろ手に縛っていた手拭い。この手拭いは五十子米穀店が年賀用に配ったものであった。写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用。

【公判調書2923丁〜】

                   「第五十五回公判調書(供述)」

証人=小島朝政(五十六歳・財団法人埼玉県交通安全協会事務局長)

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裁判長=「あなたの警察での経歴を述べて下さい」

証人=「昭和十四年十月、埼玉県警察官を拝命しまして、それから」

裁判長=「県警本部ですか」

証人=「これは久喜に」

裁判長=「久喜では何を」

証人=「外勤をやりまして、特務をやりまして、その後十七年三月でございますか、県警本部の特別高等課に外事係をしておりまして、それから翌年十八年四月に川口に参りまして、やはり特別高等係をやりまして、同年八月十九日に応召になりまして軍隊に行きまして、二十年の十二月二十五日に復員しましてその後特高で追放になっていたので会計を手伝っておりましたが、分掌はなかったわけです」

裁判長=「どこに戻ったんですか」

証人=「川口に」

裁判長=「自分が何をやるという仕事がなかったんで会計を手伝っておった」

証人=「はい、それから翌年二月二十六日に巡査部長に昇任で鳩ヶ谷警察に参りまして経済主任になりました。その翌年二十二年の十月に越谷の警察の経済主任になりまして、それから二十三年十一月に警部補に昇進して当時の司法主任をやりまして、二十四年八月に埼玉県警察学校の教官をやりまして、それから二十六年十月一日と思いましたが県警本部の捜査一課に行きまして、そこで指導係長をやっておりまして、その後ずっと捜査一課に在職して三十年三月に警部に昇進しまして、翌年三月に川口の刑事課長、三十六年まで川口に在職したと思います。その後捜査一課へ三十六年中に帰りまして、それからずっと捜査一課におりまして、三十九年ですかに警視に昇進しまして浦和の警察の次長を拝命しまして、その後、四十年三月に県警本部の刑事指導官室長を拝命しまして翌年三月に所沢の署長をやりましてそれから四十二年ですか、九月に県警本部の刑事総務課長をやりまして、昨年九月退官して現在の職業につきました」

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橋本弁護人=「三十八年五月に発生した善枝さん殺し事件の捜査に関与しましたね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「概括的なことを聞きますけれども、どんな捜査を担当しましたか」

証人=「私は事件が、五月の発生した時は越谷の猟銃殺人事件に行っておりましたので、初めの捜査は知らなかったんですが、その後、向こうの事件が解決してそれで応援捜査に、五月六、七日頃かと思いますが狭山事件の捜査を命ぜられまして行きまして、当初事件の内容等も分かりませんでしたので、まあ、同僚、先輩に聞いたり記録を見たりして十日過ぎでしたでしょうか、その後、捜査員の四十名ほどをもらいまして手拭いの捜査を、五十子米屋から出たという手拭いの出所を調べてくれという下命がございまして、それを相当期間やったと思います」

橋本弁護人=「それから」

証人=「ほとんどがその事で終わり、大部分はそれに費やしたんですが、その間、特命事項がありまして、被告方の捜索とかをやったことがございますが、その他には、あるいは、その他の細かい特命を一時的に仰せつかった程度でございますが、大雑把に言いましてその様なわけでございます」

橋本弁護人=「五月二十三日に石川被告人が逮捕されましたね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「この逮捕を基準にして答えて下さい、逮捕前は手拭いの捜査ですか」

証人=「左様でございます」

橋本弁護人=「手拭いの捜査は逮捕後も及んでおりますか」

証人=「逮捕されてからもやりましたね、いくらかやったと思います。捜査員がいわゆる被疑者をひいてからの裏付け捜査等で、他の捜査の主任官のほうに捜査員をやってしまったので、私のほうは縮小されておったので大した仕事はやってなかったような記憶です」

橋本弁護人=「あなたの班というのは正式な名称は何というんですか」

証人=「正式の名称などというものはございませんで、いわゆるまあ、何といいますか、当時課長補佐で、警部が四人ですかございました各捜査員を四十数人もらって分散して、特別私のほうは何々班というような改まった班はなかったように記憶しております」

橋本弁護人=「狭山事件の特別捜査本部が設置されましたね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「その特別捜査本部の中の一組織ですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「それから時計の実況見分調書を作成しましたね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「調書を作成したということは実況見分もしたということですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「この腕時計に関してはどの程度捜査に関与したんですか。実況見分のほかに例えば第一発見者の供述調書を作成するとか」

証人=「そういうことは全くございません。その経過をちょっと申し上げますと、当時被疑者が検挙になりましたので私のほうの仕事は幾分まあ行き詰まって無くなったという形でおりました。ところがたまたま当時の次席でありました将田警部から、被疑者が自供をして時計が捨ててあるということを申し述べたからその所を捜索してくれよ、という特命で、明日その捨てた場所のメモを届けるということを、前の晩連絡受けまして」

橋本弁護人=「前の晩というのは何日のことですか」

証人=「日はちょっと覚えてないんですが、いずれにしても時計を捜索した日の前の晩ですね」

橋本弁護人=「その時計を捜索した日というのは、何日ですか」

証人=「覚えてないんですが、当時の捜索調書の日付の前の日だと思いますが」

橋本弁護人=「捜索調書の日付というのは、実況見分調書を作成した日という意味ですか」

証人=「時計の発見した、捜索・・・・・。発見した前の、前の日になりますかな、まあ、大雑把に言って」

橋本弁護人=「話の途中ですが、時計の捜索調書というのを作ったんですか。腕時計に関して」

(続く)

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この後、証人は腕時計の捜索を部下に下命した状況を述べるのだが、その内容は具体的で興味深いものとなっている・・・。