【公判調書3003丁〜】
「第五十六回公判調書(供述)」
証人=遠藤 三(かつ)・七十歳
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松本弁護人=「先ほどからいろいろカバン、あるいは時計の問題について、発見された関係の捜査に証人が関係されておったということに、供述を求めておったんですが、そういう場合に全てそういうことの捜索は本人が指示したと言いますか、図面を書いて説明した、その図面によって行なったというんですか」
証人=「さようです」
松本弁護人=「あなたは本件の捜査においては実質的には青木警部と並んで一番関係の深い立場におられたんでしょうねぇ、一番中心的な立場におられたですね」
証人=「さあ、中心と言えるかどうか、その点ははっきり分かりませんが、とにかく青木警部と一緒だったということについては間違いございません」
松本弁護人=「この狭山事件の捜査には非常に多数の警察官が捜査に従事されましたね」
証人=「はい」
松本弁護人=「その中で一番の、それの最高責任者の地位におって指揮しておったという人は長谷部警視ですか」
証人=「事件の最高指揮者は当時の中刑事部長だと思いますが」
松本弁護人=「そうすると被告人に即して取調べをする関係では、だいたい青木警部とあなたが常時関与しておったということですね」
証人=「そのほか長谷部警視がおったわけです」
松本弁護人=「このカバン並びに時計の捜索に当たって、私どもの経験、あるいは世間一般に警察が行なう捜査方法としてはそういう、物を被疑者が捨てた場所については直接本人をその現場へ連行して、そして具体的にここに捨てたという指示をさせて、その場を捜索する、これが通常の捜査方法であり、最近の事件においてもそれは最も確実な方法として用いられておると思いますが、本件においては、本人をその現場に伴って行って指示説明をさせるということは本件においてはやりましたか、やらなかったですか」
証人=「やらなかったと思います」
松本弁護人=「何故そういうことをしなかったんですか」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
松本弁護人=「理由があるでしょう」
証人=「そういうことを言うことは、いいか悪いかは別問題としまして、当時は非常に何というんでしょうかなあ、新聞の関係、テレビの関係その他たくさん詰めかけておりましたなあ、そうした関係じゃなかったかと思いますが」
松本弁護人=「この前、ごく最近のことですけれども、女子高校生など十人か何人か忘れましたが大久保清という犯人がおりましたね、誘拐しては殺害して死体を埋めておったという事件においては、逐一本人を伴って死体を埋めた場所を指示さして、そこから死体を発見しておりましたね」
証人=「はい」
松本弁護人=「それに限らず現在も以前もそういう方法によるべきなので、事件が非常に有名であって世間の関心をひいておるかどうかと関係なしにそういう捜査方法が取り得たんじゃないかと思いますが、その点はいかがでしょうか」
証人=「だから今申し上げたように、あまりにもその新聞の関係、テレビの関係の人がわんさわんさ、と言うとちょっと語弊があるかも知れませんが、とにかく身動きの取れないほど車で来ておった関係もあったんじゃないんでしょうか」
松本弁護人=「(原審記録第一九九九丁の図面を示します)これをご覧下さい。これが六月二十一日作成の供述調書に添付してある図面ですね」
証人=「はい」
松本弁護人=「これは被告人本人が作成したものですか」
証人=「とにかく石川君が作ったものですね」
松本弁護人=「これで見ますと、これはカバンごと山の中におっぽったということに関係して、その場所を特定したものなんですけれども、内容は」
証人=「はい」
松本弁護人=「ここに✖️印の上に◯が書いてありますね」
証人=「あります」
松本弁護人=「その位置が、カバンがあったという風に思われる位置なんですね、つまり本人がここに捨てたという風に指示した場所ですね」
証人=「・・・・・・・・・」
松本弁護人=「違いますか」
証人=「さあ、だいたい書いたわけだねぇ・・・・・・」
松本弁護人=「そうすると、この供述部分を見ていただきたいんですが、一九九六丁に、『山を出はずれるところの畑から二十メートルくらいで、山の中から行くと道の左側で三十メートルくらいのところへ捨てたんだ』と、こういう風なことが書いてありますね」
証人=「はい」
松本弁護人=「その次には、カバンの中に帳面と本があったというようなことがあって、そしてカバンごと山の中におっぽっちゃったんだと、教科書も全部含めて、カバンごと放ったんだという記載がありますね」
証人=「はい」
松本弁護人=「これでいくと、山の中から出ていって道の左側だと、こう書いてあるんですよ。そうすると、この図面で見ますと、山の中から出ていって道の左側ということはこの✖️印を書いて◯をしてある所と逆の方向じゃないんですか。図面で見ると道路をはさんだ上の方に✖️印があり左側がインクで消してありますね、この付近のことを指しているんじゃないでしょうか、供述との兼ね合いで言うと」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
松本弁護人=「つまり別の表現を使えば、供述調書で指示されている部分というのは、教科書が五月二十三日か五日頃にすでに発見されておりましたね」
証人=「はい」
松本弁護人=「覚えてますか」
証人=「教科書が発見されてるということは・・・・・・なんですけれども」
松本弁護人=「教科書が発見されておる場所、道路から見るとこの図面で見ると上の所、そこにカバンごと捨てたんだという風な供述になっておるんじゃないですか、分からなければ結構ですが」
証人=「カバンの件につきましては、今私が朧げながら記憶を辿りますと、関さんが巡査部長、これが最初図面を、石川君が書いたものを持って見つけに行って無かったということで、別に書いたんじゃないでしょうか」
松本弁護人=「その次の調書を見ていただきたいんですが、二〇〇〇丁から始まる六月二十一日付の調書がありますね」
証人=「はい」
(続く)
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引用文中にある、六月二十一日作成の供述調書添付図面・一九九九丁であるが、この肝心な図面が私の手持ち資料の中には無く、全く歯痒いばかりである。
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ここからは引用文とは離れるが、事件当時の石川一雄被告の識字能力がどの程度の水準であったか、実際に供述調書添付図面に残された文字を見て見よう。
自転車屋。
学校。
追い越されたところ。
入り口。
お巡りさん。
狭山精密。
学校。上記の「がこを」と比較すると、一応「ツ」が入るが、それでも「がツこを」と表現されている。
封筒。
もはや、写真右側の説明文は私にはよく分からない・・・。
上に挙げた写真(図面)は警察の取調べ対し石川被告が書き残したものであるが、その石川被告にしても、相手が警察である以上、それなりに、持てる知能を駆使し図面作成などに対応したと思われるが、それでもやはりその語学力は写真で確認できる水準にとどまる。
ところで、脅迫状を見てみよう。
これは、必要事項が理路整然に書かれ、執筆者が相手に何を要求しているか一読して分かる。事実、脅迫状を届けられた兄はこれを読み終えた後、即座に駐在に向かったことがそれを証明している。
私の黒い闇の推測では、石川一雄被告は脅迫状とは無関係であり、むしろ事件当時、書けと言われても無理であったと、そう考えざるを得ない。脅迫状の文字や、筆の勢い、限られた(一枚の便箋)中での卓越した情報伝達技術を見れば、その識字能力の高さは石川被告に比べ明らに高い。しかしこれは、図面の表現と脅迫状の表現を見比べただけであり、科学的根拠は全く示せないのである。