【公判調書3000丁〜】
「第五十六回公判調書(供述)」
証人=遠藤 三(かつ)・七十歳
*
佐々木哲蔵弁護人=「それから、第三点ですけれども、石川がこういう犯行をすることになった動機ですけれども、あなたずっと立ち会っておられて、どういう風にご記憶になっておられますか」
証人=「その点どうもはっきりこうだとは申し上げかねますね」
佐々木哲蔵弁護人=「そうすると一番最初は競輪の金を稼ぐということになっておる、それご記憶ないですか」
証人=「はあはあ、なるほど、そういうのもありましたな」
佐々木哲蔵弁護人=「それから今度おしまいに何かお父さんの借金が十万円とか十三万円あるんだと、そういう風に変わった、そのことを思い出されましたか」
証人=「今言われると、そういうことがあったような感じがしますね、言われてみればああそうだなという感じはします」
佐々木哲蔵弁護人=「あなた、お父さんから立て替えてもらった借金払いでこういう大それたことをするということは動機としてちょっとこれはおかしいという感じはしませんでしたか」
証人=「それはしかし簡単にやる人もいますよ。深く考えなければやらん人もあります。それは人それぞれでわかりません」
佐々木哲蔵弁護人=「肝心の動機が、何十通とある警察調書の一番おしまいの七月六日の調書に、初めてお父さんの借金という動機が出てきているんですが、その点あなたご記憶出ませんか」
証人=「・・・・・・・・・・・・いえ」
佐々木哲蔵弁護人=「七月六日付の警察調書、これは一番おしまいの調書ですが、第五項に(記録二一五九丁の裏)『私がなぜ善枝ちゃんを殺すことになったかをよく考えてみますと、私はこのまえ話をした時、競輪がやりたくて金が欲しかったからだと言いましたが、それは嘘で、家の中のぼろを言いたくなかったからそう言ったのです。私は去年の夏頃オートバイを買う時の借金払いしていました』と、そういう下りになっていますが、一番おしまいに大事なことが出てきた。これは警察の方からそうじゃないかと言ったのか、それとも石川君の方から言ったのか、どっちから言い出したのですか」
証人=「結局、何かほかに動機があるんじゃなかろうかということで聞かれて言ったんじゃないかと思いますが、尋ねられて言ったことからそういうことを石川君が自ら話して来たんじゃないかと思います」
佐々木哲蔵弁護人=「今までの動機が少し分かりにくいということですか。警察としてお調べになって、どうも今までのところは分かりにくいということで、一番終りのところで聞いたと、そういうことですか」
証人=「そこははっきり申し上げかねます」
佐々木哲蔵弁護人=「ところで、警察がお調べになっている時、検察庁とやっぱり緊密な連絡を取ってお調べになっておられたんでしょうね」
証人=「それは上司がおそらくやったんじゃないかと思いますが、その点は私の方は検事さんの方と伝々ということはやったことはございません」
佐々木哲蔵弁護人=「私のこれ一つの考えになるんですけれども、今申しましたお父さんの借金やら東京へ出稼ぎに行く費用を動機として言い出したのは、検察官調書は七月二日なんです。警察の方はそれから四日あとなんです。で、同じような動機になっているんです。前も同じであとも同じだから検察庁から何かそういう連絡なりがあって、それに基づいて石川君に追及して警察調書がこういう風に出来たのかと私共には読めるんですけれども、そういうようなことはございませんでしたんでしょうか」
証人=「今、弁護士さんの仰られる日付の点から言うと、そういう風にお考えになるかも知れませんが、我々は検事さんと相談をしながらというようなことは上司の方でやることで、私らは検事さんと相談をして伝々ということはございません」
佐々木哲蔵弁護人=「どういうわけで突如そういう動機が変わってきたかということはわからない」
証人=「はい」
佐々木哲蔵弁護人=「最後に、お調べになる時は、ざら紙に、あるいは罫紙にメモ用のものを書くと仰いましたね」
証人=「ええ、申し上げました」
佐々木哲蔵弁護人=「それを書くのは誰が書くんですか、調書の下書きになるもの」
証人=「調書の前は場合によっては私も書きますし、もちろん主任官も書いた時もあります。全然書かない時もあります。あながち全部が全部下書きをとって書いたということはおそらくありません」
佐々木哲蔵弁護人=「それはほんの一部でも全部でもよろしゅうございますが、ざら紙に書きますね、罫紙に書きますね、メモ用のものを。これはずっと調べてるうちにだいぶ大部(注:1)の物になりませんか、溜まるでしょう」
証人=「メモそのものは、そこへ他の綴りと一緒に置くなんてことはないですから」
佐々木哲蔵弁護人=「私の経験から申しますと、やはりざら紙にずっと殴り書きされているのがあるんです。それ、かなりの大部の物になりまして、実はある事件でそれを警察から出していただきまして、非常に参考になったことがあるんです。だからあなたがさっき言われました、ざら紙にそのメモ用のものを、あるいは罫紙に書いたと、それはこれだけ何十通というものを取っておられればかなり溜まると思うんですよね、その綴りはございますか」
証人=「そういうものは現役ならどうか分かりませんが、退官も退官、しばらくの退官ですから」
佐々木哲蔵弁護人=「その綴りみたいなものがその当時はあったでしょうね」
証人=「その当時はありました」
佐々木哲蔵弁護人=「そういうのは今ないでしょうか」
証人=「ありませんね」
佐々木哲蔵弁護人=「ないというのはどうして言われるの」
証人=「燃やしちゃったですからありませんよ」
佐々木哲蔵弁護人=「それは普通燃やしてしまうんですか。燃やしたというのはあなたは知ってるの」
証人=「いや、自分のだから。それは青木さんのはあるかどうか分かりませんが。私は当時あったかも知れませんよ」
佐々木哲蔵弁護人=「かなりのものになるでしょう、二十通も取ったら。そのためにやっぱりメモを取るんでしょう」
証人=「そんなことないです。とにかくメモを取るなんてのはそうたくさんあるものじゃないですよ。メモなしで調書がどんどん、どんどん取れるんですから」
佐々木哲蔵弁護人=「あなたご自身のメモ用のざら紙の綴りは燃やしちゃったと」
証人=「燃やしちゃったと、こう申し上げましょう。とにかく分からないんですから」
佐々木哲蔵弁護人=「分かんなかったらどうなったか分かりませんと言って下さいよ」
証人=「どうなったか分からないと言うと見つけろということになるでしょう、どうなったか分かりません」
佐々木哲蔵弁護人=「燃やしたというわけでもないんだね」
証人=「そういうことは分からねぇですから、私は」
佐々木哲蔵弁護人=「綴りはあったけれども今はどうなっているか分からない」
証人=「分かりません」
佐々木哲蔵弁護人=「青木さんの分も分からない」
証人=「青木さんの分も分かりませんな」
佐々木哲蔵弁護人=「現役であるんだったらお持ちになってるんじゃないんですかな、狭山事件と言えば大事件ですからね」
証人=「現役ならどうか分かりませんが、どうも辞めて十年も経ってから、とにかくここへ来るんでようようなんです。年が年なんですよ、私は」
(以上 重信義子)
(注:1)大部=一つの書物などの冊数や巻数が多いこと。また、そのページ数・紙数の多いこと。