アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 901

殺された中田善枝さん。行方不明となった一九六三年五月一日は彼女にとって十六回目の誕生日であった。その後五月四日、彼女は狭山市内の農道から無惨な姿で発見され、遺体は上赤坂の自宅へ運ばれ五十嵐勝爾による検視が行なわれた。

行方不明となった日が当人の誕生日であったという事実は、この事件の解明に結びつく重要なシグナルとなろうか。事件が裁判で言うところのいわゆる石川被告によるほぼ突発的な性的欲望による犯行の発生、及びそれに伴う金銭の掠取実行という解釈では、では何故被害者は誕生日に行方不明になったかと、ここには大きな疑問を生む余地が残ってしまう。公判調書第一審における、西武線ガード下で被害者を目撃していた証人の証言から見ても、被害者は石川被告とは別の、中田善枝本人が誕生日に会うべき相手と待ち合わせていたと、こう考え捜査すべきであったのではなかろうか・・・・・・。

【公判調書2804丁〜】

                   「第五十三回公判調書(供述)」

証人=五十嵐 勝爾(五十八歳・埼玉県警察本部刑事部鑑識課犯罪科学研究室長)

                                            *

中田弁護人=「先ほど裁判所がちょっと聞かれたことですが、最近、この狭山事件と言われている事件についてあなたが作成された鑑定書をご覧になったことはありませんか」

証人=「見ませんでした」

中田弁護人=「写しでもいいんですが」

証人=「二月頃、召喚状が来たとき、見つけてみましたけれども、わからないものですから、そのままにしておきました」

中田弁護人=「(記録第三冊八七四丁以下の昭和三十八年五月十六日付証人作成の鑑定書を示す)改めて鑑定書をお読になってきて頂ければ、すらすらと尋問に入れたんですけれども、それをご覧になりながら、多少、最初は言葉の意味とか何かを伺っておきましょう。その間になるべく内容についても思い出して下さい。それから、後ろのほう、弁護人さえも聞こえないところがあるようですから、大きい声で言って下さい」

証人=「歯が悪いものですから。もし、聞きにくかったら、質問者のほうで繰り返して確認して下さい」

中田弁護人=「なるべく工夫しましょう。最初は主としては鑑定書の言葉や何かをさっと聞きますから。まず『第壱外表検査』というところがありますね」

証人=「はい」

中田弁護人=「そこに、『体表は水洗の為、湿潤せるも、尚、頭髪等に土粒少許を付着せしむ』とありますがね。あなたは水洗、水で洗ったと書いてありますが、誰が水で洗ったのか、今、憶えてますか」

証人=「それは分かりません」

中田弁護人=「記憶がないということですか」

証人=「はい。死体の実況見分と鑑定とは別でございます。死体の実況見分までは警察官の仕事と、そういう建前で身体をざっときれいにさせた上で、解剖台に乗せた上から検査を開始しております。誰が洗ったかということは聞いたこともございません」

中田弁護人=「あなたが自分で洗ったことはもちろんないわけですね」

証人=「はい」

中田弁護人=「誰かに指示して洗わせることもなかったわけですか。その死体について」

証人=「それが今の実況見分が終えた後、解剖台に乗せるまでの処置として警察官の責任でしたものと思います」

中田弁護人=「一般的にそれじゃ伺っておきましょう。あなたは死体の鑑定をなさる時は、死体の実況見分はまず警察官のほうでやっておいて、その後、解剖にかかる時から、いつもやっておると、こういうことですね」

証人=「はい」

中田弁護人=「一審でのあなたの供述によりますと、最初にその死体を見たのは、午後三時ちょっと過ぎであったと仰っておられるんですが、その辺のご記憶は今、ありますか」

証人=「当日、現場に行きました時に、これは鑑定人とは別の立場で、警察職員という立場で、土の中に埋められていたというから、現場を一応見たいと思って参りましたけれども、すでにもう掘り出して、穴は埋まっているし、死体は運ばれているというので、死体の運び先を見つけてそこへ行ったのが今、言われた時刻くらいかと思います」

中田弁護人=「そうすると、死体が発見された現場へまず行ったわけですね」

証人=「ええ」

中田弁護人=「ところが、すでに死体は運ばれた後であり、穴も埋められていたと。そこで死体の運ばれた先へあなたとしては行ったわけですね」

証人=「はい」

中田弁護人=「その行った先というのは、狭山市堀兼にある中田栄作方ですね」

証人=「解剖した場所だと思います」

中田弁護人=「鑑定書によりますと、裁判官の鑑定処分許可状をもって鑑定をしておられるようですが、その解剖を行なった場所へ行かれたときには許可状はもう出ていましたか」

証人=「私はいつも、鑑定処分許可状を自分の目で確かめて、遺族の承諾を得ない限り、検査に着手は致しておりません」

中田弁護人=「今のお答えからすると、いつも、そうしているから、その時もしたということですね」

証人=「はい」

中田弁護人=「一審の証言では、死体を最初に見たのは午後三時ちょっと過ぎで、まだ着衣を脱がしていなかった、解剖直前に死体を裸にしたと、こういうことを言っておられるのですが、着衣を脱がせるところをあなたは見ておりますか」

証人=「見ておりません」

中田弁護人=「見ていないんですか」

証人=「はい」

中田弁護人=「そうすると、あなたがこの死体を最初に見たのは、すでに裸にされて解剖を待っている状態の死体ですか」

証人=「鑑定書に添付してある写真でございますが、これは鑑定人の指図で撮影された写真になっております」

中田弁護人=「その鑑定書の後ろの方をご覧になって、写真第1を見て下さい。こういう状況で最初ご覧になったわけですか」

証人=「脱がしたときですね、この死体についてはどういうところに注意して写真を撮れと指示をいたしまして、それで、鑑識課の写真技師が慣れておりますから、写真は任せて、それで写真の終わった後、死体が台の上に乗せられてから検査を始めております」

中田弁護人=「そうすると、最初ご覧になったときにはまだ着衣は着ていたんですね」

証人=「着ていたか、着ていなかったか、記憶がはっきりいたしません」

中田弁護人=「今、ご覧になってる添付写真第1の写真は仰向けになった死体全体の写真ですがね、それはいずれにしても解剖にかかった時の状況の写真ですね」

証人=「鑑定に必要な写真として撮らせました」

中田弁護人=「先ほど、写真を撮るときには、その鑑識課の写真係の人に注意するということを仰っておられましたがね」

証人=「はい」

中田弁護人=「その死体について具体的にどういう注意をしたか憶えておりますか」

証人=「いや、憶えておりません」

中田弁護人=「それじゃ、鑑定書の最初の方に戻って下さい。今、『水洗のため湿潤せるも』というところの少し後に、身体全体の皮膚の色について触れておられるところがありますね」

証人=「はい」

中田弁護人=「『軀幹及び上下肢等には淡赤色虎斑状死斑が弱く発現しあり』 とありますね」

証人=「はい」

中田弁護人=「薄い赤色の虎のぶちのような死斑が出ていたということですね」

証人=「はい」

中田弁護人=「添付写真14を見て下さい。一番最後になります。色つきの写真がありますね。この写真、仰向けになっている状態と、後ろ向けになっている状態がありますね」

証人=「はい」

中田弁護人=「この写真の中で、今、言った淡赤色虎斑状死斑ですが、それは分かりますか」

証人=「これは私の書き落ちでございました、背面が虎斑状であったということです。背面を意味したことでございます」

中田弁護人=「背面が虎斑状ですか」

                                            *

・・・・・・と、このように、第五十三回公判調書(供述):証人=五十嵐 勝爾への尋問は被害者の遺体検視状況とでも言おうか、かなり生々しい尋問が展開されるのだが、いくら事件解明への手がかりとなろうとも、高校一年生ほどの女子の身体に残された犯行痕跡の分析は、あまりに酷く、老生にはとても精読できぬ内容となっており、ここに記す必要はないと判断した。したがって、これに伴い引用中の公判調書も2855丁までカットし、2866丁から引用することとする。