【公判調書2402丁〜】
「第四十七回公判調書(供述)」
証人=清水利一
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中田弁護人=「前回と今日のご証言を聞いてますと、前回は何か、大変、思い出せないという趣旨のことを言っておられたのですが、今日は大変よく覚えておられるのですが、前回から今日までの間に何かお調べになったことがあるのですか」
証人=「全然ございません」
中田弁護人=「本日もまた記憶のままに述べられたのですね」
証人=「私も忙しい仕事をしておりますから全然暇がございませんし、ほとんど日曜も忙しいようなことで、全然警察本部へ行ってる暇もございませんし」
中田弁護人=「今、銀行へお勤めでしたね」
証人=「ええ」
中田弁護人=「ところで二、三確かめておきたいのですが、鞄をあなたが見つけたということになるのか、その日のことですがね。あなたは捜査本部から出たわけですね」
証人=「捜査本部です」
中田弁護人=「巻尺を持って行ったと言いましたね」
証人=「これは鑑識に持したんです」
中田弁護人=「それは将田警視から実況見分をしてくれと言われたからですね」
証人=「そうです」
中田弁護人=「それは将田警視は、どういう場所を何のことで実況見分するかということについては言わなかったわけですね」
証人=「言われません。地図を持って川越の取調班の捜査員がやるから、すぐ行ってくれと。新聞屋に尾けられないように気をつけて行けと指示を受けたんです。それで鑑識を連れて行ったんです」
中田弁護人=「つまりあなたが捜査本部を出る時は、あなたが実況見分に行くその場所から鞄が出るということをあなたは知ってはいなかったんですね」
証人=「知りませんです」
中田弁護人=「ところが取調班に所属する関さんか清水さんが来て会ったところ、やっぱり清水さんか関さんかも、実況見分するんだと、こう言ったんですね」
証人=「いえ、絵図面を見せられたんです。被告の書いた略図で、ここのところを実況見分すると」
中田弁護人=「その略図面は鞄がある場所なんだと、こういうことでしょう」
証人=「そうです」
中田弁護人=「関さんか清水さんはその図面にある場所から鞄が出るということを信じて疑わない様子でしたか」
証人=「まあ、あの時の状況では自供のとおり必ずあるんじゃなかろうかという風な確信があったようでしたね」
中田弁護人=「あの時の状況というのはどういうことですか」
証人=「そのときでしたね、あった時」
中田弁護人=「あなたはその時、石川君が自供してるか、してないかについて知っていたのですか」
証人=「自供してるということは将田警視から、将田警視は夕方は帰って参りましたから、こんなような状況だったよということは聞いております」
中田弁護人=「それはいつですか」
証人=「毎日です」
中田弁護人=「自供をしたということをその鞄を見つける時に」
証人=「いや、鞄でなくて、取調べ状況は毎日夜の捜査会議で、短いことでございますが、一応被告の調べの状況はこうだという話だけは聞いてます」
中田弁護人=「端的に伺いましょう。鞄をあなたが見つけに行った、というよりはあなたの言葉を借りれば鞄の場所を実況見分しに行ったその当時、あなたとしては石川君が自供をしていたかいないか知ってたんですか」
証人=「その前の日あたりに、もうある程度の自供をしてるということは聞いておりました。それは調書を見ませんから、どの程度か、それは分かりませんけれども」
中田弁護人=「将田さんからね」
証人=「はい」
中田弁護人=「その鞄を見に行ったという日ですがね、先ほどの証言では石川君が川越へ移されて、事件送致がされてそれからいく日か経ってからと、こういうことでしたが、石川君が川越へ移されたのは六月の十七日なんですがね。六月の十七日から何日ぐらい経った時でしょうか。あるいは逆に、あなたが、六月三十日頃までおられたその日を基準にして何日ぐらい前かでも構いませんが」
証人=「一週間かそこらじゃなかったでしょうか」
中田弁護人=「六月三十日からですか」
証人=「ええ。一週間ぐらい前、あるいは違うかもしれない、私はそういう記憶ですが」
中田弁護人=「すると、石川君が川越へ移ってからまだ一週間かそこらということになりますね」
証人=「そうですね」
中田弁護人=「実況見分をしてくれと言ってあなたは行く。そして、駐在所で関さんか清水さんに会うと。そうですね」
証人=「はい」
中田弁護人=「関さんの証言によると、関さんもそれから清水輝雄さんも行っていて、棒か何かでつついて、何かあったと言ったのは関さんだと、関さんは言ってるんで、大変あなたの記憶は正確だということになるんですが、三人ともいらっしゃるようだ」
証人=「関さんか清水さんか、どちらか私忘れました」
中田弁護人=「関さんが仰るには、二人ともいらっしゃったようですが」
証人=「まだ他にもおるんです」
中田弁護人=「関さんから被疑者が書いた図面を見せられた時に、この前にもこの辺を捜しに来たことがあるんだというようなことを、関さんは言ってませんでしたか」
証人=「関さんて方は、私、覚えている範囲ですが捜査にあまりタッチしなかったんです。食料のほうばかりやった方ですから、要するに賄いのほうの主任さんだったわけですから、捜査したとは思えないんですが」
中田弁護人=「私の質問に答えて下さい」
証人=「私は、そのようなことを聞いてないと思います」
中田弁護人=「ここに鞄があると被疑者が言ってるが、実は鞄については、前にも捜しに来たことがあるんですよと言ってませんでしたか」
証人=「絵図面を見せられて、ここのところに鞄があるということですから見つけましょうと、実況見分をして下さいということだけで、私はそうえらい口もしゃべっていないと思うんですが、それで時間が何せ夕方なんですからそんな、おだ上げてる(注:1)時間じゃなくいつ日が暮れるかわからないですから、で、早くやろうということでやったように覚えているんですから」
中田弁護人=「あなたとしては、現在でもあなたが鞄を発見し、その実況見分を行なったその日に、その場所からあまり遠くない所へ鞄を捜しに来た人がいたんだという事実を知らないんですね」
証人=「知りませんね」
中田弁護人=「聞いたこともないですね」
証人=「聞いたこともございませんです」
(続く)
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(注:1)=これは方言であり、埼玉地方では「むだ話」の意とされる。
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狭山事件は、身代金受渡し現場に現われた犯人と思われる人物を確保出来ていれば、これほどまで揉めることはなかった。そしてその犯人取り逃がしという警察の失態が負の連鎖を生み出してしまう。
腕時計、鞄、万年筆といった物証が、どうにも怪しい過程を経て現れることなどは、まさにその象徴であろう。
写真は「狭山差別裁判・第三版=部落解放同盟中央本部・編、解放出版社」より引用。