アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 728

【公判調書2291丁〜】

                   「第四十五回公判調書(供述)」

証人=大谷木豊次郎(五十八歳・浦和自動車教習所法令指導員。事件当時、埼玉県警察本部捜査一課・課長補佐)

                                         *

福地弁護人=「ちょっと話が違いますが、前夜、あなたが佐野屋の前で張込んでいたときに中田登美恵さんがまずやって来ましたね」

証人=「はい」

福地弁護人=「あなたが張込んだ後で、中田登美恵さんが到着するまでの間、この間に、この佐野屋の前を通った人がありますか」

証人=「一人か、通ったような記憶がありますね。ちょっと、通ったような記憶がありますね」

福地弁護人=「それは登美恵さんが到着するずいぶん前ですか」

証人=「かなり前です」

福地弁護人=「通った人は男の人ですか、女の人ですか」

証人=「男だったと思います」

福地弁護人=「歩いて通ったんですか」

証人=「歩いてだと思ったね。自転車じゃなかったかな、その点はっきりしません。何か、通ったような記憶があるんですが、どういうような、歩いてか、自転車か、自動車でか、はっきりした記憶はありません」

福地弁護人=「しかし、あなた相当緊張して待っているわけでしょう、誰が来るかね。あなたが総指揮者として現場のすぐそばにいるわけだから、自動車か、歩いたかも記憶ないというのは、おかしいんじゃないですか」

証人=「だけど、それはね、犯人ではないというようなことでもって、見逃してしまっているから、そんなに記憶がないです。その当時は知っておったかもしれませんけれども、八年も経ってから、今聞かれてもわからないです。核心に触れていることなら憶えていますが、八年経った現在ですね、聞かれてもそれはわからないです」

福地弁護人=「しかし、印象に残る事件ですよね、当夜のことはですね」

証人=「それは人によってですね、主観的なものでしょうね。あまり、そのものに関係がないなら、残らないでしょうし」

福地弁護人=「通った人が犯人でなさそうだから、印象に残っていないということですかね」

証人=「そうだと思うんですがね」

福地弁護人=「犯人でないという風に判断する材料はあるんですかね」

証人=「犯人であれば、そこのところへ寄って来るだろうということが考えられるですね。犯人でないと素通りしてしまうだろうと。まあ、いずれにしましても記憶はありませんです」

福地弁護人=「通ったことは間違いないですね」

証人=「その通ったこともはっきりした記憶ではないですが、通ったような気がするんです。記憶ですから、八年も前のことですからね。何か、記録にでも残っておれば、それを見ればそういう記録で思い出しますが、そうでなければ、これは憶えてはおられませんです」

福地弁護人=「それではですね、登美恵さんが到着してから、犯人が現われるまでの間ですね、これは若干の時間があったようですがね。その間に、誰かが佐野屋の前を通ったか記憶がありますか」

証人=「それは登美恵さんが来る前であったと思うんですが、通ったと思われる人はその前であったと思うんですが、あるいは後であったか、わからんが、いずれにしても通ったと思う微かな記憶は一人だけだったと思うんですがね、それが登美恵さんが来てからだったか、来る前だったか、その点については記憶ありません」

福地弁護人=「先ほど言った男の人が通ったというその人のことですか」

証人=「ええ、そうです」

福地弁護人=「登美恵さんが到着してから、男の人が一人通ったということを証言している人もいるんですが、そういう記憶ありませんかね」

証人=「通ったとすれば、それじゃ、登美恵さんが来てから人が通ったんだったかもしれません。登美恵さんの来る前には通らないでおって」

福地弁護人=「登美恵さんが到着する前か後か知らないが、何か男の人が通った記憶はあるんですね」

証人=「通ったというはっきりした記憶ではないんですが、通ったような気がします」

福地弁護人=「その男の人はどちらのほうから来て、どちらのほうへ去ったんですか」

証人=「63のほうから佐野屋の前を通って行ったようにそんな風な記憶ですね」

福地弁護人=「幾つぐらいの人に見えましたか」

証人=「かなり年配のようだったんじゃないかなと思うんですね。あんまり、はっきりしないんです。そこのところが」

福地弁護人=「かなり年配だから犯人ではなさそうだという印象ですか」

証人=「そういうような感じで、忘れてしまったんですね」

福地弁護人=「その人がどういう人だったのか、あとで誰かに聞いたことがありますか、重要な人物でしょう」

証人=「聞いたんだろうけれども、忘れましたですね」

福地弁護人=「それからですね、同じく、あなた張込んでいたときの話ですがね、あなたは道のほうから佐野屋のほうに向かって左手のほうに張込んでいたわけですね」

証人=「そうです」

福地弁護人=「道のほうから向かって佐野屋の右側に、つまり家を挟んでちょうど反対側になりますね、そちらに誰か警察の人が張込んでおりましたか」

証人=「佐野屋のすぐそばの右側にはどうだったか、ここは張込みしておらなかったと思うんですけれども、ここのところはわかりませんです」

(続く)

                                          *

五月二日の深夜、佐野屋周辺に捜査員が張込む中、事件とは無関係な人間が店の前の砂利道を通過していたとされる。この事実は、それが誰であるかということよりも、実は石川一雄被告人の供述と矛盾するという結果につながるのである。石川被告人は、佐野屋前の砂利道を通った人、自転車、バイク等に対し、「何も気がつかなかった」と取調べで述べているが、狭山事件再審弁護団による再現実験では、そのようなことはあり得ないことが実証されている(再現実験に関しては別の機会に取り上げよう)。

砂利道を通る自転車の再現実験。

音の測定。

・・・ふと思うのであるが、犯人は身代金を取りに来ており、その受渡しには女性を指定、月明かりがあったとは言え深夜の取引である。当時、佐野屋前の道路は砂利道であり、この砂利道は何かと音を立てることから、この道を人が歩いたり、自転車が通過するたび、犯人は、それが女性かどうか、まずは注意深く注視すると思われる。と同時に、付近に警察の影があるかどうか、また時刻の確認も必要である。つまり、犯人はこの佐野屋での取引時、相当な緊張を持続し、身代金喝取を目論んだわけである。この場合、砂利道から聞こえる足音等に対し、犯人はその都度、中田家の者かどうか、そしてそれが脅迫状で指定した「女の人」であるか、を目検したことになるが、逃走後も、その人々を覚えているのかどうかが、私には想像が及びもつかないのだ。たとえば、犯人が身代金を持参した中田登美恵さんと接触した後は、他の通行人に関する記憶は不要なものとして記憶から消去されるのかどうか。あるいは、身代金取引時、緊張感や集中力が求められたとして、その状況自体が記憶に刻まれるのかどうか。

これらを考察するとなると、犯罪者からの聞取り調査のような文献が必要となろうが、果たしてそのような資料は存在するのか、好きな競馬はしばらく辞め、高円寺=西部古書会館の古本市巡りに力を注ごうと決意する。