アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 509

【公判調書1631丁〜】

第一   遺留品をめぐる問題                               橋本紀徳

(3) 以上のように、手ぬぐいという本件の重要な犯行用具の出所に関する自白は、客観的事実と一致しないにも関わらず、敢えて被告人に、手ぬぐいは家より持出したものとの供述を維持させ続けてきたのは何故なのであろうか。

「家から持出した手ぬぐいで、被害者を後手に縛り殺害した」との供述があり、客観的には死体を後手に縛った手ぬぐいが存在する、と云うのみでは、右供述は証明されたとは云えない。捜査官は死体に手ぬぐいの存在することは、被告人の自白以前に、死体を発見したときからすでに知っており、あらかじめ捜査官の知っているこの事実に基づいて、被告人をして、手ぬぐいで後手に縛り殺害したと供述せしめるのは、いとも容易いことであるからである。捜査官の知らないのは手ぬぐいの出所であり、この出所が間違いなく証明されて初めて所携の手ぬぐいで後手に縛ったという自白は全面的に信憑性を獲得することができるのである。

ところがその肝心かなめの手ぬぐいの出所について検察官は、被告人の家から出たものであることを全く証明できないのである。捜査の初期の段階=五月十日前后頃にすでに被告人宅から手ぬぐいは提出されているのであるから、捜査当局としては前記のように被告人宅がよそから余分にもう一本手ぬぐいを調達したと云う推測を、少なくとも被告人に対する容疑を固めた時期には立てたものであろう。しかしその推測を裏付けるための努力を払った形跡は乏しい。おそらく手ぬぐいの矛盾など、些細なものとして意に介さなかったのであろう。

しかしこれが些細な問題ではないことはすでに述べたとおりである。被告人が五月一日、問題の手ぬぐいを持っていたと云うことは全く証明がない。いや逆に、持っていなかった{なぜなら被告人宅には問題の手ぬぐいはもともと一本しか存在せず、しかもその一本は事件後もなお存在するのであるから}と考えられるのに、あえて検察官はこの矛盾を無視して被告人に対する公訴を提起し、原判決は死刑の判決を言い渡したのである。自白と物証との間に残る、このように大きな食違いを残したまま被告人を死に追いやるなどと云うことは絶対に許されないことである。

 

*次回 “二、タオル” に続く。

この狭山事件が発生した時点において、すでに東京で起きていた吉展ちゃん誘拐事件は解決しておらず、世論は警察紛糾に雪崩れ込んだ。この圧力が事件の結果を二分し、一方の吉展ちゃん事件は、圧力など物ともしない平塚八兵衛がその沈着冷静な捜査により見事に事件を解決に導き、他方、狭山事件における警察組織は見事に圧力に押し潰され、冤罪の見本となるような物語を創り上げた。中にはこの策略を「芸術的で素晴らしい」と思う警察官がいたかも知れぬが、正義の味方、弁護人たちによってそこには釘を刺された。とは言え、裁判上は死刑判決から無期懲役と、刑の格下げが行なわれただけであり、本質的な解決は達成出来なかったのである。