アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 515

【公判調書1645丁〜】

第一  {遺留品をめぐる問題}                          橋本紀徳

   七、玉石と棍棒

(1)ビニール布と同様、本件にどのような関係があるのか全く不明で不思議なものに、玉石と棍棒がある。死体発見現場に関する前記大野喜平の実況見分調書によると、「死体の頭に接して人頭大の玉石一個を発見し」と記載され、その大きさは「二十センチ×十三センチ、高さ約十三センチ」重さは「四.六五キロ」あると云うのである。この玉石は何に使われたのであろうか。自白は何も述べていない。「死体の頭に接して」置かれているのであるから、死体を埋めた者はこの玉石に気付かないと云うことは考えられない。おそらく穴を掘る際スコップの刃先に触れたであろう。玉石を何かに使用したものとすればもとより、たとえ偶然、玉石が土中にあったものとしても、死体を埋めた者はこれに気付く筈なのである。それにも関わらず、自白にはこの玉石について一切説明がないのである。六月二十八日付の警察官調書の中で、死体を埋めた際に一番良く覚えていることは「善枝さんの身体を穴ぐらに吊るしておいた縄を、善枝ちゃんの身体の附近や身体の上に乗っかるように置いて善枝ちゃんと一緒に埋めたことです。その他には特に覚えていることはありません」(同調書第二項)と云い切っている。これは被告人が玉石の存在について全く知識を有していなかったことを物語るものであろう。つまり被告人がこの玉石を全く知らないからこそ、自白において一切触れていないのである。取調中、玉石は何のおまじないかと聞かれたが知らないから黙っていたと云う、被告人の二十六回公判における供述は、自白調書に玉石の記述が全くないことにより裏付けられているのである。玉石に関する沈黙は被告人が死体を埋めた真犯人でないことの何よりの証左である。先程述べたように死体を埋めた者であれば、玉石を知らないと云うことは玉石の存在した状況からしてあり得ないからである。

(2)大野喜平の前記実況見分調書及び原審第四回公判の高橋乙彦証言によると、死体発見現場近くの芋穴から、善枝ちゃんの所持品であると云われているビニールの風呂敷一枚と、棍棒一本が発見された。右芋穴の所有者新井千吉は、三十八年三月二十日頃、貯蔵してあった芋を引上げ、芋穴を空にした。その際、芋穴は腐敗物などが残らないよう手できれいに掃除をし、コンクリート製の蓋をぴっちりと閉めておいた。何者かが故意に蓋を開け放り込まない限り、風呂敷や棒切れが入り込む余地がなかったのである。

棍棒の長さは九十四センチ、中央の太さは周囲十一センチである。一方の端は刃物でスッパリと切断したようであり、他方の端は裂けている。裂けている側三分の一くらいに土が附着し、乾いていた。土の附着した状態は、この棒を一度泥土に差し込み抜き出した様であった。以上が、大野喜平が記述する棍棒の状況である。

棍棒は何に使われたのであろうか。犯行とどのような関係があるのだろうか。全く関係がないのであろうか。なぜビニールの風呂敷と共に芋穴に捨てられたのであろうか。一緒に捨てられたのでなく、全く別個に捨てられたものが、偶然同時に発見されたのであろうか。しかしコンクリート製の重い蓋のしてある芋穴に、わざわざ蓋を開けてまで棒切れを捨てる者はいないであろう。新井千吉の原審における証言によれば、同人が三十八年四月二十七日、芋穴のある畑に来た時には穴の蓋はきちんとしていたと云うのであるから、おそらくそれ以后にこの棍棒は放り込まれたに違いない。普通に考えれば、この棍棒はビニールの風呂敷と共に捨てられ、かつ、犯行に何らかの関連があるものとみるのが自然である。だから捜査官も棍棒についてその出所など、かなりの捜査をしているのである。十三回公判で将田警視の証言するところによると、実物を持たせたり、写真を持たせたりして聞込みを行なったと云うのである。だが、出所は判明しなかった。

しかしここでも、最も重要なことは、ビニール布、玉石とともに、棍棒についても自白は何も語らないと云うことである。被告人が真犯人であれば、この棒の出所、使途など全て分かっている筈であるから、自白にその説明が現れるべきである。二十七回公判における被告人の供述によると、棍棒の実物を見せられて質問を受けたと云うのであるから、その出所・使途について説明をすることは容易い。しかるに、調書上、棍棒の説明は全く現れないのである。棍棒は事件に関係ないと判断したから、強いて調書上ではっきりさせなかったのであろうか。とすると、どのような根拠で棍棒は事件と関係ないと判断したのか。

自白は捜査官の描く構想のままに強要誘導されたのである。犯行現場に客観的に実在したことの明白な物証であっても、捜査官の関心をひかず、あるいは見落としているものは自白に登場しない。若し被告人が真犯人で、ありのままに自白をしたものとすれば、棍棒の実物を見せられ質問を受けた際に、何らかの説明をしたに違いない。また、捜査官が率直に客観的事実に即して被告人の取調べに当たったとすれば、被告人が説明を落とした物証については捜査官が質問をし、それを記録に留めたに違いない。

棍棒のようなはっきりした物証について何の供述もないと云うことに、自白調書が被告人の供述するままに作成されたものではなく、捜査官の強要誘導により捜査官の構想に従い作成されたことの証左である。棍棒の存在は当公判廷で被告人が述べた誘導強要による自白調書作成の模様を裏付けるものである。

*次回 “ 第二、脅迫状の問題点 ” に進む。