アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 511

【公判調書1635丁〜】

第一   遺留品をめぐる問題                                橋本紀徳

三、細   引

       死体の喉と足首に巻きつけられていた細引の出所、用途、共に自白は客観的事実と合致しない。極めて重要な自白の矛盾点である。この点はすでに冒頭の中田弁護人の陳述に詳論されているので、これ以上の言及は割愛する。

四、荒 な わ

    (1)荒なわの出所に関する自白も矛盾に満ちている。

被告人の六月二十七日付検事調書第六項によると、荒なわの出所は「スコップを捨てたところから、もう少し行った所の新しく家を建てている家の廻りから盗んで来たもので、その時は薄暗くなっており、縄は新築の家と、出来上がっている家の間に三本くらいマングイを打ち、そのマングイに二段張ってある縄でした。その外に、その反対側の方に短い杭を打ち、それに縄がかけてあったのを盗みました。新築の家の隣の家には犬を飼ってある様に記憶していますが、犬には吠えられませんでした」とあり、七月三日の第三回検事調書第七項には「善枝ちゃんを穴に吊るした縄は、建てかけの家やその隣の家の廻りから盗んできたのだが、建てかけの家の廻りから盗んだのは、よく考えてみると、その家の東脇に張ってあった縄を盗んだのです。今まで南側の縄だと云っていたんだがそれは記憶違いです。盗んだ順序は、先ず犬のいる家の二本の縄を盗み、次が建てかけの家の西脇の横倒しの梯子のそばの麻縄みたいな細かい縄を盗み、最後に建てかけの家の東脇の縄を盗んだのです。なお、犬のいる家の縄を盗む時、その家の雨戸は締まっていました」とある。

これは五月一日頃、自宅の庭先に垣根代わりに張っておいた荒なわを盗まれたと云う、スコップ発見現場の近くに居住している中川ゑみ子の供述、及びその南隣の椎名宅建築現場に境界を明示するため張り巡らしておいた荒なわを同じ頃盗まれたと云う、椎名宅建築現場の大工、余湖正伸の供述と全く一致する。

同人らの十四回公判における証言、及び三十八年六月三十日、中川宅及び椎名宅建築現場の荒なわ紛失現場を同人らを立会人として神田正雄が実況見分した際の、同人らの指示説明によると、中川宅では、椎名宅建築現場との南側境界に沿って八本の杭を打ち、それにぐるぐると巻きつけ上下二段に渡って張っておいた荒なわが(下段一部針金:これは残っていた)、三十八年五月二日の朝、気が付いたときには全部きれいに無くなっていたと云うのである。

さらに椎名宅建築現場では、北側を除く東、西、南側にそれぞれ杭を打ち、荒なわを張って、建築現場の境界を明示していたものが、東側が全部、西側が一部、やはり五月一日頃紛失していたと云うのである。一見被告人の前記自白は全面的に補強されたかのように見える。

しかし、この自白も他の物証に関わる自白同様、あらかじめ中川宅などから荒なわの紛失していることを知っている捜査官の誘導によって供述せしめられたものであって、自白が一見、表面上は中川ゑみ子、余湖正伸の供述と合致するのは、ある意味では当然のことなのである。だが、自白が中川ゑみ子や余湖正伸の供述と合致するのは表面上のことであって、決定的なところでは決して合致していない。

前記六月三十日付神田正雄作成の中川宅・椎名宅建築現場の実況見分調書によると、神田正雄は中川ゑみ子、余湖正伸の指示により荒なわの紛失前の状況を復元し、紛失した荒なわの長さを計測している。計測の結果、中川宅で紛失した南側境界の上下二段の荒なわの長さは合計十九・八七メートル、椎名宅建築現場より紛失した荒なわの長さは東側十一・三〇メートル、合計三十一・一七メートルである。(椎名宅西側紛失部分の長さは不明)

他方、本件の死体に附着している荒なわの長さは、検察官の論告の際の主張では「長さ約六メートルの縄が四重に折って」とあるところをみれば二十四メートル、弁護人が実際に計測したところによっても約二十四メートル(複雑な結び目がいくつかあるので正確に測ることは出来ないが、誤差を見込んでも二十四・五メートルないし二十五メートル)である。

自白は、明らかに中川宅及び椎名宅建築現場から荒なわを盗んできたとしており、検察官もそのように主張しているのである。それなのに盗まれたなわと、盗んできたなわの長さが七メートル余も違うのはなぜか。自白によると、盗んできた荒なわは、全部死体を吊すのに使った趣旨に記載されている。盗んだ荒なわの一部を捨てたとか、使用しなかったとかの供述はないし、また、芋穴や死体を埋めた現場附近にそれらしい痕跡は発見されていない。中川宅・椎名宅建築現場より盗んだ荒なわを、死体を吊すのに使用したものとすれば、その長さは三十一・一七メートルなければならない。それにも関わらず、死体現場のなわは二十四メートルである。中川・椎名宅より紛失した荒なわと、死体に附着していた荒なわとは、明らかに同一のものではないと云わなければならない。自白は客観的事実と明白に矛盾するのである。

*次回 “荒なわ(2)” に進む。