【公判調書3669丁〜】
「第六十六回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=石川一雄被告人
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山梨検事=「海老沢○江というあんたと結婚の約束をした相手は、病気で死んだんですか」
証人=「まあ、病気で死んだことは間違いないですけど、一回子供を堕したんですね、それからちょっと黄疸とか、そういう病気になったですね。その手術が思わしくなくて三十七年十二月幾日だったかな、その頃死んだです」
山梨検事=「結婚話は親も了解していたわけですね」
証人=「ええ。向こうの親も自分の親のうちにもしょっちゅう泊まりに来ましたし、向こうからもしょっちゅう泊まりに来て、その妹も○子という人ですけど、ものすごくいい人で、だから暗黙の内に親も了解していたと思うんですね。自分もそういう持ち込まないけれども」
山梨検事=「病気で死ななければ、一緒になっていたかも知れないということですか」
証人=「ええ、そうです」
山梨検事=「相手のお父さんの言い分によると、結婚したらあんたの家の土地も宅地も分けてもらって、新築して分家するんだと娘は言っていて、喜んでいたと、あんたのお父さんが村会議員の職をしていたこともある家柄のいい家だ、というんで喜んでいました、ということを言っているんだが」
証人=「それはどうか知りませんね。お母さんも自分ちに来たこともあるんだ。そこまではちょっと、それは警察官の調べで、ちょっとおかしくなっちゃったんじゃないんですか」
山梨検事=「そう言って向こうのお父さんも喜んでいたんじゃないんですか」
証人=「おやじさんとはいっぺんも会ったことないですね。お母さんとは会ってます。死んだ時、自分も弔いに行きましたが、おやじさんとは会ったことないですね」
山梨検事=「とにかく向こうの親もこっちの親も反対はしていなかったということは言えるんですね」
証人=「反対する、しない、そういうことは分からないです。女親と会っていろんな話をしていたし」
証人=「だから、反対はしていなかったんですね」
証人=「ええ」
山梨検事=「前に戸谷鑑定人に対してあなたが答えたことがありますがね、その時にあなたが学校を出て勤めた時に、そのうち(家)で字を教わったということを述べてますね」
証人=「はい」
山梨検事=「それは石川茂といううち(家)におる時の話ですか」
証人=「ええ、そうです。自分の叔父ですね」
山梨検事=「国立ですね」
証人=「国分寺です」
山梨検事=「それで教わった人は」
証人=「石川一枝です。自分ちにも、石川一枝がおりますが、そのうち(家)にも同じ字で石川一枝というのがおります。自分ちの姉御と同じ字です。それで分かったんですね。で、毎日ということはないんですけど、だいたい仕事が終えてから一時間くらい習ったことがあるんですね。それが嫌で自分は飛び出したんですね」
山梨検事=「どういう動機で字を教わるようになったの」
証人=「靴の修繕なんかしていて、名前が分からなくちゃ困るからと、そういうあれから教わるようになったんですね」
山梨検事=「要するに靴に名前が書いてあるんだね、これが読めないと困ると。だから品物を渡す時にその字が読めないと困るということで字を習わしたいと、こういうことで習ったんですね」
証人=「ええ、そうです」
山梨検事=「どれくらい習ったですか」
証人=「どのくらいって、自分が居たのがだいたい半年ですからね、二、三ヶ月経ってから自分が修繕し始めてから習ったから、二ヶ月くらいだと思いますね。それまでは修繕出来なくて、裏で靴の半張りするやつを洗っていたから、そういうのは全然関係なかったからそういうことはしなかったです」
山梨検事=「習ったのは本字かな」
証人=「本字ですね、全部」
山梨検事=「そのお得意さんの名前なんかを教わったわけですか」
証人=「ええ、そうですね。名字だけは一応覚えろということで」
山梨検事=「それが嫌で飛び出したの」
証人=「ええ、そうです」
山梨検事=「その、斉藤というらしいが、斉藤一枝に言わせると、私が退院した当時の一雄さんはまじめでいい子で、嫌がらずに習っていましたと言っているがな」
証人=「まあ、警察官の聞きようがいいからそうなったのかも知れないけれども、自分は学校当時もそういう字は嫌いだったから、なるべくそういうことは避けていたですね」
山梨検事=「やっぱり社会に立つためには必要が起こるだろう」
証人=「必要するしないは個人の問題であって、個人の仕事の関係上で」
山梨検事=「そのあと戸谷鑑定人に、川越のプレス工場で働いている時に何か帳簿を付けていたというんだね」
証人=「そうです、個数ですね。何個やったかという」
山梨検事=「それはどういうことですか」
証人=「自動車の歯車とか、それから何と言うかな、ショーウインドーに飾る部品なんかをグラインダーで削ったり、それからプレスでやったりしてその個数を何個というので数字をノートにつけろと言われて、つけていたんです」
山梨検事=「仕事をやった個数」
証人=「ええ」
山梨検事=「それから何か十二時と三時の休みに休んだかということをつけたということですな」
証人=「つけました」
山梨検事=「それはどんな風に書いたんですか」
証人=「何時から何時まで休みということで」
山梨検事=「そういう風に書くのかい」
証人=「ええ、そうです。だいたいもう時間はまちまちだったね、大きな工場とは違うから、だから一時間はきちんと休めるんですね、だからその仕事が終わるまで構わずやらなくちゃならないわけですね。だからその仕事が終わるまで十二時十五分になることもあるんです。そうすると一時十五分まで休めるんです。だからそれを書いていたんです」
(続く)
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○本文とは全く関係ないが、老生が生きる世界、つまり日雇い労働者というカテゴリーには様々な職種形態が存在し、労働者自身がそれぞれ自分に適合した仕事に従事し日銭を得ている。老生が適合し、日々の収入を得ている職種は「海上コンテナの搬出作業」である。その作業内容の詳細を今ここで述べないが、一日あたり一万円ほどの収入になる。こういった仕事に従事する場合、請負先が決めたルールを守るという約束事があり、これは絶対厳守となる。ヘルメット、マスク、作業着、ゴム手袋、安全靴、脚絆等の着用、及び作業時の指差呼称の徹底、指差呼称とは、これはつまり海上コンテナ内より搬出した貨物(商品)をパレットへ積載した後、担当するフォークリフト運転手へ向け「積み付けヨーシ」と大声をかけ・・・・・・いつの間にか作業内容の詳細を語ってしまったが、ええっと、しかしこういったルールがお嫌いな方々も中には存在するわけで、そういう方針で生きておられる方は、独自のルールで動ける「アルミ缶拾い」や「ダンボール拾い」といった方面で活躍するのだが、さらに「拾った物を売る」ことすら面倒だという労働意欲の乏しい人々は自販機の下を手で探り、十円玉を見つけては歓喜の涙にむせび泣くという行動へ向かうのである。これらの人々は地面を見、収入を得ることから「地見屋」と呼ばれている。
先日、仕事を終え、最寄駅で切符を購入しようとしたところ、こんな光景に直面した・・・。
券売機の返却口には五百十円が置き去りにされていた。これはヤラセではなく事実である。そしてこの小銭たちは老生のガマ口財布に無事収まった・・・。この日から駅の券売機の返却口をパトロールするようになった老生は、いったい何屋と呼ばれるのであろうか。