『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
写真は事件当時の狭山市堀兼付近。
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【公判調書3232丁〜】
「第六十回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=山下初雄(三十四歳・農業)
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宇津弁護人=「話は変わるけれども、あなたは登美恵さんが亡くなって相当びっくりしましたか」
証人=「びっくりしました」
宇津弁護人=「なぜ死んだか、やっぱり考えましたか」
証人=「考えましたね」
宇津弁護人=「今、なぜ死んだかということは、あなたは納得できていますか」
証人=「どんな理由で死んだか、わかってません。どういうことがあって死んだかは」
宇津弁護人=「あなたは、本当に自殺だという風に今考えておられるわけですか、登美恵さんは」
証人=「そうです」
宇津弁護人=「なぜそうなのか、という理由については考えてみたことがありますか」
証人=「まあ、考えてみないこともないでしょうけれども、別にそれ以上深く、どうってこともあれしませんでした」
宇津弁護人=「あなたは、本当に登美恵さんのことを好きで、結婚しようという気になったわけですか」
証人=「そうですよ」
宇津弁護人=「その人が突然死んだという場合に、どうして死んだんだろうということをやっぱり相当深刻に考えるのが普通じゃないかと思うんですがね」
証人=「はい」
宇津弁護人=「あなたは、別に、というようなことで言われてるが、当時の心境はどうだったでしょうか」
証人=「まあ、死んで、たまげて、行きましたしね、で、とにかく戸籍上では、そういう風になっていたけれども、まだ結婚式もあれだったりして、それ以上深く」
宇津弁護人=「結婚式なんかは、野良作業の都合で決まることがあるでしょう。つまり翌年の秋頃にしようかなと言ったね。それは、野良仕事とかいろんな関係で考えたんでしょう」
証人=「そうだと思います」
宇津弁護人=「だから、結婚式をしてないからあまり深く考えなかった、ということは理由にならないんじゃないですか」
証人=「とにかく、当時のあれはよく覚えていませんが、そんなに、あれはしませんでしたよ」
宇津弁護人=「登美恵さんがどうして亡くなったのかについては、中田さんの家とか、あなたの中では、人には言えないようなことが、未だあるのではないですか」
証人=「そういう・・・・・・」
宇津弁護人=「そういう事情をあなたは、知り、または打ち明けられてるんじゃないですか」
証人=「そんなことは、ありません」
宇津弁護人=「それにしては、あなたはずいぶん落ち着いてるね、というか、とぼけてるね」
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裁判長=「ちょっと、弁護人、言葉が」
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宇津弁護人=「訂正します。ところで同級生の中田健治さんが、何年か東京のほうの病院に通われたことは知ってますか」
証人=「知ってます」
宇津弁護人=「病名は何だか、知ってますか」
証人=「病名は何か、はっきりしたことは知らないけれども、顔がむくんでるような話は聞きましたけれども、病名はどうだということは知りません」
宇津弁護人=「近くにもいろいろ病院があると思うんですが、特に東京の病院を選んだのは、どういうわけかということはあるんですか」
証人=「さあ、全然わからんです」
宇津弁護人=「それから、証人は、登美恵さんが亡くなったということで、昼頃中田家に行ったそうですね。その時には遺体のそばまで行かれたわけでしょう」
証人=「はい、行きました」
宇津弁護人=「一応あなたなりに遺体を改めるようなこともされたのですか、顔から布を取るとか、改めてみましたか」
証人=「みました、取って見せてもらいました」
宇津弁護人=「あなたが来る前だと思いますが、お医者さんには見せたのだという説明を受けましたか」
証人=「お医者さまにですか」
宇津弁護人=「お医者に見せたんだけど、こういう風になったんだという話は出たんですか」
証人=「そのとき、お医者さんどうだったか、とにかく・・・・・・」
宇津弁護人=「医者に見せたけどだめだったということがあったのですか、それとも、そう言われたような記憶はないのですか」
証人=「あのときはどうだったか、なんかよくわからないですね、行った時には、お医者はいなかったのかな・・・・・・わからないです、思い出せないです」
宇津弁護人=「あなたが行った時には、中田家には医者はいなかったんですね」
証人=「いなかったと思います」
宇津弁護人=「私の質問は、医者に見せたんだけど、というような話が、誰かからされたか、されなかったか教えてもらいたい」
証人=「があがあ皆んなでやってましたし、改まって誰から、こう、ということもなかったけど、とにかく忘れました、思い出せないです」
(続く)
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なかなか釈然とせぬ証言を発するこの証人は、なんらかの事情を密かに抱えていると老生は考えるのだが、弁護人による尋問は、その点の解明までは達しておらず、結果的には後世まで疑惑を残す問答となってしまっており残念である。