【狭山事件公判調書第二審4176丁〜】
『足跡および佐野屋往復経路の諸問題』
弁護人=城口順二
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五、自白の往復に関する時間は操作されたものである
(1)、六月二十四日員調書によれば、佐野屋への往復に関する時間関係は次のとおりである。
(イ)五月二日午後九時頃家を出る。
(ロ)家から現場までは一時間ないし一時間半歩いてかかる。
(ハ)町田方南方の山の中で三十分くらい待つ。
(ニ)佐野屋東側畑中で三十分か一時間くらい待つ。
(ホ)女の人と五分くらい話す。
(ヘ)駆け足で往路と同じ経路で家に帰る。
(ト)家に三日午前一時か一時半頃に帰る。
(2)、ところで原審:中田登美恵ほか多数の証言によれば、
(イ)三日午前〇時十分頃、犯人が現場に現われ、
(ロ)登美恵と約十分くらい問答している。さらに、
(ハ)脅迫状には十二時と指定されていたことは明白な事実である。
右の点を綜合して、代表的な地点の通過時刻、到着時刻、出発時刻、待ち時間などを算定すると別表Aのとおりとなる。
(別表A)
(検証第一見取図=河本仁之検察官による指示説明)
(3)、別表A中( Ⅰ )・( Ⅱ )は、いずれも現場の畑中で一時間を超える時間待つ必要となる。距離関係は、当審検証図面表示の距離を基礎として必要なところ(薬研坂通りを56点で右折させるなど)でいくらか修正をしたが、所要時間にほとんど差が生じない。所要時間についてみると、検証時の歩行による時間は約七十三分となっているが、これは検証時には、たくさんの検証当事者で、年齢的には被告人より高い人々の歩いたものであること、全行程がわずかに約四千八百メートルであること、及び地理に詳しい人が少ないことなどを考え合わせると、被告人が歩行する場合には、全行程を一時間程度で足りると見るのが合理的である。すると表Aの( Ⅱ )の場合と近似したものとなる。そこで、右( Ⅱ )の表を参考に次の種々の問題点を指摘したい。
(4)、時間に関する自白の問題点
(イ)、張込地点56点、床屋前57点は、張込時間とされた十時より二十分以上前通過することになって、張込員に発見されることはないと言えようが、㉞点と佐野屋付近には、張込みを完了していることになり、ここを被告人が通過したこととなるのに、まったく被告人に張込員が気付かない。息をひそめて張込みをしているはずの張込員が、被告人を認めていないことは何を意味するだろうか、単なる偶然では不自然に過ぎる。
さらに( Ⅱ )の表は、佐野屋東側の畑中で、一時間四十分という驚くべき長時間待っていることを示している。これは被告人の自白《五・(1)・(ニ)》の最長待ち時間の一時間をさらに四十分も長い。自白の最少待ち時間の三十分を基礎とすれば実に一時間十分も長い。経験された事実ならばこんなに誤差が生じるだろうか。ただ畑中に身を潜めている場合、一時間四十分も待ったのならば、これをわずかに三十分か一時間と短く感じるのはかえって逆で、長く感ずるものでなかろうか。山で三十分くらい待ったとする自白と比較すれば時間の表示に一層の不自然さを感じる。
右の不自然さを緩和するには出発時刻を調整するのが手っ取り早い。すなわち最長待ち時間を超える四十分だけ出発時刻を遅らせるのである。ところがこの場合、全張込地点通過時には、すでに張込みを完了しているので、ここをすべて張込員の発見をかわさなければならない困難にぶつかる。この点については、検察官ですら不可能を感じ、進路変更をあえてしたほどである。原審:被告人の公廷供述によると、家の出発時刻を九時か十時の間とされるが、右の困難は解決しない。参考に最も遅い出発時刻十時の場合を示せば表A中( Ⅲ )となり、必ず張込後の各地点を通過せざるを得ない結果となる。
以上のもつ意味は、真面目に考えてみる価値ある問題である。
(続く)
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○なお、地点番号56点や57点などの表記は、正確には数字を◯で囲んだ(または◯の中に数字とも言う)表記が正しい(原文どおりという意味で)。スマホの機能では50という数字までは◯の中に収め表記できるのだが・・・。乏しい機器でこの稚拙なブログを書いており原文をそのまま引用出来ぬことは悲しいものである。