【狭山事件公判調書第二審4179丁〜】
『足跡および佐野屋往復経路の諸問題』
弁護人=城口順二
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(4)、時間に関する自白の問題点
七、まとめ
これまで被告人の当夜の行動について、いろいろ検討してきた。中でも進路変更(注:1)の持つ意味、自白時間の持つ意味を考えるだけでも、その結論として次のことが言えるだろう。すなわち被告人は、当夜まったく本件経路を通っていない。したがって本件犯人ではないということです。
被告人の自白経路・時間は、地理に詳しい被告人が、弁護人より警察・検察官に信をおき、一定の男の約束をした上で、捜査官の意図に併合して為された虚偽のものに過ぎないと考えるべきものである。自白内容と客観的な状況はまったく矛盾するものであったり、極度の不自然で作為的なものであった。
捜査官らは原審当時、強力に被告人を自己の手中におさめ、これに安住していた結果、少々の(当時その重大さに気付いていない)矛盾を無視し、かつて無い異常さで公判を維持したのである。あるいは一度口にした往復経路は、被告人の強い気質から容易に改められないとして、矛盾の重大さに気付きながら、あえて公判を維持したと見るべきであろう。
ところが、これは、ひとたび被告人が当審で真実を口にした時から、公判維持は不能となったのである。捜査官ら自らが作り上げたとも言える自白内容は、本来真実であれば、捜査官らが最もこれに真実を見、大切にすべき客体であるのに、作り上げた自白である故にこそ、容易に無視しあるいは変更の客体に堕(だ)するものとなる。当審検証で重大な進路変更をさえ強行した由縁である。張込結果報告書の開示を遅らせた事実が以上の指摘と無関係でないことを考え合わせると、進路変更を一遍の誤りであったとして片付くものでない(河本証言参照)。
かくて、五月二日夜は、五月二日付員調書どおり、自宅で寝ていたとみるべきである。
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注:1「進路変更」=ここで言う進路変更とは、被告が自白した佐野屋への道順を、検察官が自己に都合よく変更していることを指す。被告が述べた道順を採用した場合、様々な不都合・矛盾が生まれることを防ごうとした結果の変更である。
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【4180丁】(足跡および佐野屋往復経路の諸問題)
第二、「いわゆる『現場足跡』は被告人宅の地下足袋と異なる」 ♢足跡鑑定に対する反論♢
一、はじめに
これまで前項では、被告人が佐野屋東側:畑中に当夜出かけていないこと、したがって如何なる意味でも被告人が『現場足跡』 を印象し得ないことが自明とされている。ところが『現場足跡』は、被告人宅の地下足袋によって印象されたものである旨の足跡鑑定が、多くの写真、数値を利用して作成されている。そこで鑑定結果について黙過(もっか)し得ない。ここに検討を加えてみた。
二、鑑定結果について
足跡鑑定結果によると、





(鑑定資料)
(イ)、「鑑定資料(一)の1号足跡(単に1号足跡という)は、○足地下足袋(注:2)と同一種別・同一足長と認む」として、地下足袋自身の関連では特定性はなくまったく一般的記載に止まり、
(ロ)、同じく「鑑定資料(一)の2号足跡(2号足跡)は、右足地下足袋によって印象可能である」と言うにとどまり、これまた2号足跡に特定性はなく一般的記載でしかない。
右は、1号足跡、2号足跡いずれを以(も)ってしても、被告人が本件地下足袋によって印象した足跡であるとは断定できないという明白な意味を持つ。
(ハ)、そこで、同じく「鑑定資料(一)の3号足跡(3号足跡)は、右足地下足袋によって印象されたものと認む」とする鑑定結果は特定的であって、直接本件地下足袋と結びつくもので、重大である。この点は果たして正しいのだろうか。以下3号足跡を中心に何点かに絞って反論を提出したい。
(続く)
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注:2 「○足地下足袋」の○部分には「左」か「右」の文字が入ることは確実なのだが、原文の印字不鮮明ゆえ、この○表記とした。