『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
【公判調書3216丁〜】
「第六十回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=中田健治(三十四歳・農業)
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山上弁護人=「お宅で善枝さんが自分の物を入れる箪笥とか、教科書を入れる場所とかは決まっているんですか」
証人=「ええ、座り机で、そこを一つ善枝が使っておりました。箪笥は登美恵などと一緒です」
山上弁護人=「お兄さんの健治さんの箪笥というものもあったんですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「この箪笥の中に善枝さんは時計を大事に仕舞われていたという供述もあるんですが、そういう事実もあるんですか」
証人=「ええ。洋服箪笥の小さい引出しを使っていたこともあります」
山上弁護人=「それから、善枝さんがこの登校の時に持っていたことになっている風呂敷ですが、あなたは五月四日に全くご不幸なことでしたが、善枝さんがお亡くなりになったと、この現場には行かれたんですか」
証人=「ええ、発見されたというので行きました」
山上弁護人=「これは警察の要請ですか」
証人=「報道班の人から発見されたということで、その場所に行ったんです」
山上弁護人=「警察の要請じゃないんですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「報道班の方が言いに来たんですか」
証人=「そうです」
山上弁護人=「あなたのご自宅まで」
証人=「はい」
山上弁護人=「それはまあその当時の状況では報道記者が気を利かしたと言うか、ご兄弟に身柄が発見できましたよと知らせてくれたわけですね」
証人=「そうです」
山上弁護人=「あなたは何か持って行かれましたか、例えばメモ帳だとか、その他」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「まあ、カメラだとか」
証人=「写真機を持って行ったと思います」
山上弁護人=「で、これは写真機を思い付くようになったのは誰ですか」
証人=「その事件の前から写真は」
山上弁護人=「興味があった」
証人=「はい」
山上弁護人=「写真を思い付いたというのは平素の癖が出たということですか」
証人=「・・・・・・何という気もなかったと思います」
山上弁護人=「まあ写真を撮る目的で持って行ったんでしょうね」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「どうですか、そう受け取っていいですか」
証人=「・・・・・・はい、いいと思います」
山上弁護人=「写真を撮る目的で持って行ったわけですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「で、事実現場で写真を撮る暇があったんですか」
証人=「撮ろうという気になれません」
山上弁護人=「実際上、一般の民間人は父兄、家族と言えども写真を撮ることを一切禁じるのが普通じゃないですか。むしろ禁じられたんじゃないですか、あなたの場合は」
証人=「その側(そば)までは行かしてはくれませんでした」
山上弁護人=「遺族の一番身近なご長男であるということで特に仏さんの側(そば)まで行く機会があったということはないんですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「まあ野次馬と言ったら失礼ですが、他の方々の列に加わって遠くから見ておったと、こういうことですか」
証人=「そうです」
山上弁護人=「その時に大野喜平さんというお巡りさんと、何か善枝さんの遺留品についてやり取りがあったことはありますか」
証人=「最後に確認してもらいたいというんで、それで初めて近くで、それまで待たされていたんです」
山上弁護人=「それであなたがお側(そば)に行かれた時は、何時頃かはご記憶ないでしょうね」
証人=「はい、ありません」
山上弁護人=「明るいうちですか」
証人=「まだ日があったと思います」
山上弁護人=「その時に、善枝さんの遺留品とおぼしきものは示されたことがありますか、例えばビニールの風呂敷みたいなものがあって、これは被害者のものかどうかというような確認が大野喜平さんという、証拠上明らかになっているんですがね、それ示されたことがあるようですね」
証人=「それ、はっきり記憶ありませんが」
山上弁護人=「その時に、あなたがこのビニール風呂敷は善枝のものとは思われません、関係ないと、こういう趣旨のことを仰ってるようなことになっていますが、どうですか」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「それは記憶あるんじゃないんですか、広げて見せたと言うんですからね」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「そういうものを広げて見せたことがあるんですか、どうですか」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「忘れようと思っても忘れられないんじゃないんですかね、妹さんの亡くなられた現場に行って見られてそういうものは亡くなった身内のものであればあるほど遺留品に飛びついて泣きたいような気持ちになるんじゃないんですか。そういうものを示されたことがありますね」
証人=「ええ、あると思いますけど、ちょっと思い出せません」
山上弁護人=「それであなたはそれに対して、これは善枝のものでないと、こう仰ったような記憶もありますね」
証人=「・・・・・・・・・」
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裁判長=「今の問いはビニール風呂敷を広げて見せられて、それに対してあなたがどういう答えをしたかということだけを聞いておられるんですよ」
証人=「・・・・・・どうも思い出せません」
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山上弁護人=「思い出せないというのは、今、裁判長の言われた風呂敷を示されたことはあるんですか、で、その答えを思い出せないのか、どっちです」
証人=「風呂敷と言われれば見せられたかも知れないですけれども、本当にそのことが、見せられたのかどうか、ちょっと思い出せないんです」
山上弁護人=「あなたは後になってそのビニール風呂敷は、これは公判でもはっきり妹のものだと仰っているようですが、この風呂敷の模様は覚えておりますか」
証人=「白地に赤で寿か何か書かれていたと思います」
山上弁護人=「それ以外に何かあったんじゃないんですか。松、竹、梅、桜、宝船」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「それまでは思い出さんけど、寿という字は白地に赤であった」
証人=「はい」
山上弁護人=「そういう風な模様が印刷されてあるということを知ったのはいつですか、五月一日を基準にとれば」
証人=「それ以後ですね」
山上弁護人=「五月一日までは知らなかったんですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「そうするとまあこの風呂敷かどうかはともかく、善枝さんが通学用に何か風呂敷を持って通学をしておられたように登美恵さんが仰っていますがね、これはあなたは五月一日以前に知ってましたか」
証人=「鞄の雨よけに、ということだけは知ってましたけれども、どういうものかということは記憶ありません」
山上弁護人=「雨よけに持っていた風呂敷が寿の字が書いてあるかどうかは知らなかったんですね」
証人=「ええ」
山上弁護人=「ビニール風呂敷を雨よけに持っていたということは知っていたんですね」
証人=「ええ」
山上弁護人=「しかし五月一日以前は寿という字が入っていたかどうかは知らんということでしょう。だから善枝さんが予々(かねがね)鞄に雨よけに持っていた風呂敷が、寿と書いた風呂敷と同一かどうかということは、五月一日現在では分からんことになるんじゃないかという理屈を聞いているんですが」
証人=「そうでしょうね」
山上弁護人=「それから登美恵さんがまたご不幸になられましたね」
証人=「はい」
山上弁護人=「三十九年の七月でしたか」
証人=「はい」
(以上 重信義子)
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次回から証人として出廷するのは、中田証人と同級生であり、且つ証人の妹である登美恵さんと婚姻関係にあった人物である。