アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 749

(写真は狭山事件資料より)

【公判調書2350丁〜】

                    「第四十六回公判調書(供述)」

証人=岸田政司(五十四歳・埼玉県警察本部刑事部鑑識課・警察技師)

                                         *

橋本弁護人=「測る器具は何を使ったのですか」

証人=「ノギスですね」

橋本弁護人=「あなたの鑑定書には足幅はどこからどこまでを測ったのか書いてありませんが、どうして書かなかったのですか」

証人=「普通常識的に測るところはその辺ですから書かなかったのですね」

橋本弁護人=「五の3の石膏にズレあるいは歪みがあるということですが、その痕跡を指摘出来ますか」

証人=「最初印象された場所から歪んだというか移動したというのは、あるべき場所でないところにまであるということで、これは歪んだのだろうという風に」

橋本弁護人=「推測したわけですか」

証人=「ええ」

橋本弁護人=「どこにそういう痕跡が残っているのですか」

証人=「先ほど指摘しました」

橋本弁護人=「第六九図のa、a'ですか」

証人=「そうです」

橋本弁護人=「それ以外に歪みの痕跡はないのですか」

証人=「それはちょっと分かりません。基準になるものがちょっと見当たらなかったですね」

橋本弁護人=「先ほど聞いた踏付部の中央やや右寄りにある白く光った直径五、六ミリぐらいの部分はどうですか。歪んでませんか」

証人=「これは歪みではないでしょうね。これは泥の固まりか何かを踏み、動くのは地下足袋の方が動きますが泥の固まりの方は動かなかったのではないでしょうかね。私はそう思います」

橋本弁護人=「それは影響されるのではありませんか」

証人=「踏み付けてしまうのですから影響しないと思います」

橋本弁護人=「歪まないですか」

証人=「厳密に言えば多少は歪むでしょうけれども、同じように歪むということはちょっと言い切れないと思います」

橋本弁護人=「(前同鑑定書の鑑定図面第六九図を示す)その写真でいうと、a、a'の歪んだ距離はどのくらいですか」

証人=「一センチちょっとぐらいでしょうね」

橋本弁護人=「a、a'が約一センチずれているとすると、その周囲も同様に一センチぐらいずれると考えられませんか」

証人=「そういうこともあり得るでしょうね」

橋本弁護人=「aとa'、つまり特定の一点だけが歪み、その周囲が歪まないということは考えられないですね」

証人=「考えられないと思いますね。しかし、表面的には現われなかったかも知れないですね。鮮明な痕跡であって同じように濃く出ているのでしたら周囲にもはっきり出ますね。これは恐らく地下足袋そのものに相当泥が付着している状態で動いて行ったのでしょう」

橋本弁護人=「(前同押号の五の3の石膏を示す)その拇趾先端部分に特徴はありますか」

証人=「泥が付着していたので難しいでしょうね」

橋本弁護人=「特徴はどうですか」

証人=「現在ではちょっと分かりません」

橋本弁護人=「拇趾先端部分にかなり大きなへこみがありますね」

証人=「周囲の泥が落ちた場合はそこに転がる率が高いようですから、そこに泥が落ち、そのために出来た痕跡のように思います」

橋本弁護人=「(前同押号の五の2の石膏を示す)その拇趾に特徴がありますか」

証人=「拇趾の先端に破損痕があるような気がします」

橋本弁護人=「拇趾の表面に大きなへこみがありますが」

証人=「中央のへこみは、やはり先ほど言ったのと同じです。泥の固まりのためのへこみです」

橋本弁護人=「五の3の石膏の拇趾先端部分は普通に出ていますか」

証人=「普通に出ていないのではないでしょうか。普通ならもっとはっきり出ます」

橋本弁護人=「普通に出ていないというのは、泥が付いていたとか足跡の上に泥が崩れ落ちたとかいうためですか」

証人=「泥が崩れ落ちたというより、地下足袋に泥が付いていたか、あるいは印象される泥がきめの細かいものでないと、ある程度こういう風になってしまうので、そういうことではないかと思います」

橋本弁護人=「五の2の石膏と五の3の足跡とを比べると拇趾の部分はどちらが原形をよく印象していますか」

証人=「原形は五の2の方がよく出ていると思います」

橋本弁護人=「踵の方はどうですか」

証人=「五の3の方がきれいに出ています」

橋本弁護人=「特徴は何かありますか」

証人=「縫付地下足袋には大体踵の部分に平らな部分がありますが、それが見えています」

橋本弁護人=「あなたの鑑定書には踵の部分に半月状の模様があるという風に書いてありますが、それのことですか」

証人=「そうです。この半月状は縫付地下足袋の特徴なのです」

橋本弁護人=「半月状は縫付地下足袋だけに存在するのですか」

証人=「縫付地下足袋に多いです」

(橋本弁護人は、証人が鑑定書の鑑定図面第七図の写真にGとして示されている箇所に相当するところを前同押号の五の3の石膏上に指示する箇所を特定するために測定をされたい旨を述べ、裁判長は検事並びに弁護人に対しその方法につき意見を求めたところ、検事は特に意見を述べず、主任弁護人は石膏の側端に三点をとりその三点から証人が指示する箇所までの距離を測定する方法でよい旨意見を述べた。裁判長は右の方法をとる旨を告げ、立会裁判所書記官に右石膏の側端三箇所に赤色ボールペンで甲、乙、丙の三点を印させ、証人が指示する箇所を右三点から測定するよう命じた)

橋本弁護人=「(前同押号の五の3の石膏を示す)先ほど鑑定図第七図の写真にGとして示されている箇所をその石膏上に指示してもらいましたが、その箇所をもう一度指示して下さい」

証人=「ここ(右石膏上に指示)です」

(立会裁判所書記官が、右石膏を足跡面がほぼ水平になるように置き、物差をほぼ水平にして、右甲、乙、丙の三点から右指示箇所までの距離を測定したところ、右指示箇所は甲点から約三、三センチメートル、乙点から約十、三センチメートル、丙点から約十センチメートルのところであった。)

(橋本弁護人は、なお、証人が鑑定書の鑑定図第六九図の写真にaとして示されている箇所に相当するところを同石膏上に指示する箇所を特定するため右と同様の方法で測定されたい旨を述べ、裁判長は立会裁判所書記官に右同様測定するよう命じた。)

橋本弁護人=「先ほど鑑定図第六九図にaとして示されている箇所をその五の3の石膏上に指示してもらいましたが、その箇所をもう一度指示して下さい」

証人=「ここ(右石膏上に指示)です」

(立会裁判所書記官が右同様の方法で右甲、乙、丙の三点から右指示箇所までの距離を測定したところ、右指示箇所は甲点から約四、七センチメートル、乙点から約九、三センチメートル、丙点から約八、五センチメートルのところであった。)

(裁判長は示威運動をしている者に対する退去命令を発した。)(筆者注=この記載は、狭山の黒い闇に触れる 743回の冒頭に記載の事柄とつながる)

橋本弁護人=「先ほど、その石膏を鑑定資料にしたと言いましたね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「それから、地下足袋を対照資料にしたということですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「地下足袋は一足ですか」

証人=「そうです」

橋本弁護人=「(前同押号の二八の二の地下足袋四足を示す) それに見覚えがありますか」

証人=「ありません」

橋本弁護人=「今日初めて見たのですか」

証人=「そういうことになります」

橋本弁護人=「それは被疑者の家から押収されたものといわれているのですが、鑑定資料の参考に使いませんでしたか」

証人=「使いませんでした」

橋本弁護人=「鑑定の嘱託は」

証人=「一足で受けました」

橋本弁護人=「狭山警察署長から嘱託を受けたのですか」

証人=「そうです」

橋本弁護人=「あなたに資料を持って来たのは誰ですか」

証人=「狭山警察署の署員ですが、覚えていません」

橋本弁護人=「どこで受け取ったのですか」

証人=「県警本部の鑑識課で受け取りました」

橋本弁護人=「狭山署からあなたのところに運んで来たのですか」

証人=「そうです」

橋本弁護人=「運んで来たときあなたが受け取った資料は地下足袋一足と石膏が三個だけですか」

証人=「そうですね」

橋本弁護人=「狭山警察署には足跡鑑定をする専門家はいるのですか」

証人=「鑑識係ですとある程度のことは出来ますが、鑑定ということになると、どこの県警本部でも同じですが県警本部の鑑識課でするのが定石になっています」

橋本弁護人=「狭山警察署には本格的な鑑定の能力を持っている人はいなかったわけですか」

証人=「そうですね。ある程度のことは出来ますけどね」

橋本弁護人=「足跡の採取には特殊な能力が必要なのですか」

証人=「ある程度必要です」

橋本弁護人=「それには特別の教育がなされているのですか」

証人=「技能検定があります」

橋本弁護人=「昭和三十八年頃そうだったのですか」

証人=「そうです。技能検定に合格した者でないと、こういう足跡を採取することはちょっと無理です」

橋本弁護人=「あなたが鑑定する際に受け取った三個の足跡は誰が採取したものか聞きましたか」

証人=「聞きませんでした」

橋本弁護人=「当時、狭山警察署にそういう技能検定に合格した人がいたかどうか知っていますか」

証人=「いないことはありません、いました」

橋本弁護人=「それはどうして言えるのですか」

証人=「技能検定は鑑識課において行なっていますから、合格者が全然いないということは絶対ないわけです」

橋本弁護人=「そういう警察署はないというわけですか」

証人=「そうです。必ずいます」

橋本弁護人=「必ず一人はいるのですか」

証人=「一人でなく、もっといます。大体半分以上、七、八割います」

橋本弁護人=「現場足跡を採取するに当たって絶対的に必要な条件は何ですか。つまり、どういうことに注意するのですか」

証人=「印象された場合の土質と言いますか、湿度により石膏の練り方がある程度違うわけなのです。そういうところに着眼点を置き、取り枠というものを置いて石膏が外部に流れないようにしてその中に流し込むわけです」

橋本弁護人=「技能が優秀であるかどうかは、土質を見て適当な濃さに石膏を溶かして流し込むところで決まるわけですか」

証人=「足跡を取るにも石膏で取るだけでなく、いろいろな取り方があり、そのいろいろな取り方を知っていなくてはならないわけです」

橋本弁護人=「他にどんな方法があるのですか」

証人=「たとえば、床、衣類、新聞紙等の上の足跡を採取するにはそれぞれ取り方が違うわけです」

橋本弁護人=「本件の場合のように畑の土に印象されたといわれる足跡を採取するにはどういう方法がいいのですか」

証人=「それは石膏が一番いいですね」

橋本弁護人=「印象された足跡を写真に撮影するということはありますか」

証人=「それはありますけれども、横線模様があっても一番深いところにあるので写真に撮影すると影ができるし立体的に撮影することが出来ないのです。ですから石膏で取った方がいいと私は思います」

橋本弁護人=「足跡を採取したのは誰かということは聞いていませんか」

証人=「聞いたかも知れませんが、覚えていません」

橋本弁護人=「現場足跡と押収地下足袋が五足あったが、あなたのところに送られて来たのは現場足跡と地下足袋一足で、先ほど示した四足の地下足袋は送られて来なかったということですが、どうしてそうなったかについては分かりませんか」

証人=「私は聞いてないので分かりません」

                                          *

                                   尋問の続行

主任弁護人=「この証人にはまだ尋問することがあるが、本日は他に尋問予定の証人があるので、この証人の尋問は他日に続行されたい」

佐藤検事=「異議ない」

裁判長=「この証人の尋問は他期日に続行することとし、尋問期日は追って決定する」

                                                                         以下余白

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弁護人による岸田政司証人への尋問は今回で終了する。一連の尋問を七回に分けここに記録したわけだが、現実的にはこの証人尋問は一日で終えているのである。これは考えてみれば相当に密度の濃い、弁護人・証人、両者共にエネルギーを使い果たすが如くの問答がなされているため、読み終えた私までもが焼酎を浴び英気を養う始末である。

ここに引用中の第四十六回公判調書(供述)の日付は昭和四十六年四月であり、場所は東京高等裁判所の法廷である。すでに五十二年が経つ。