(「"足跡" 鑑定暮らし30年・内田常司、P86=足跡はゆがむ」より。この様な本を岸田政司証人の証言とともに併読すると、足跡鑑定に関する理解がより深まる)
【公判調書2346丁〜】
「第四十六回公判調書(供述)」
証人=岸田政司(五十四歳・埼玉県警察本部刑事部鑑識課・警察技師)
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裁判長=「先ほど五の3の石膏について指摘したGに当たる破損痕と同じものが、その石膏について指摘できるかと尋ねているのだが、どうですか」
証人=「現在はちょっとできません」
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橋本弁護人=「現在できないというのはどういう理由からですか」
証人=「分からないからできません」
橋本弁護人=「破損痕というものは一つの特色を持ってその石膏に存在しているのではありませんか」
証人=「その破損痕が印象された場所によってその都度変わってゆくと思います」
橋本弁護人=「変わってゆくというのは」
証人=「印象状態が変わってゆくと思います。同じときもあるでしょうが、変わったときもあると思います。ですから、私はこれについては分かりません。地下足袋の泥の付着状態などで破損痕そのものが変わって印象される場合があるから私はここで指摘できません、ということを言っているわけです」
橋本弁護人=「履物の方に破損痕があってもそれがそのまま足跡に必ず印象されるとは限らないということですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「あなたは鑑定書ではその破損痕を指摘しているのですが、当時指摘できた以上、現在も指摘できるのではありませんか」
証人=「これについて常にやっていればいいですが、今ポイッと出されたのですから、一見しただけではそういう風に言われても困ります」
橋本弁護人=「破損があり、そこに泥などが付いていなければその部分はへこみになって現われるのですね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「破損があるために出来たへこみなのか、あるいは先ほど言った、土の固まりなどがあったために出来たへこみなのかを識別する方法はないのですか」
証人=「これの場合、現在ではちょっと困難です」
橋本弁護人=「(前同押号の五の3の石膏を示す)その石膏については先ほどのように破損痕が指摘出来たわけですね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「その石膏について指摘出来たのはどういうわけですか」
証人=「その石膏にはちょっと見た目で横線模様が見受けられるのでそれから分かりますが、五の2の石膏には鮮明な横線模様がないので分からないわけです」
橋本弁護人=「足跡が印象された上に土の固まりなどが落ちているのをそのまま石膏に取ったために出来る窪みと、履物に存在する破損によって出来る窪みとは違いがあるのですか」
証人=「形態が違う場合が割合に多いので、私の方ではこれは窪みが残したものだろうという風に解釈しているわけです」
橋本弁護人=「そうすると、絶対的な区別ではないわけですか」
証人=「私の方はAの資料とBの資料とを比較検査するわけですから分かって来るわけです。現場から取れた足跡と、それと対照する現物の地下足袋との区別をしろという鑑定嘱託を受けてやるものですから、それによって見当がついてくるわけです」
橋本弁護人=「どういう風に見当がついてくるのですか」
証人=「資料を後から見せられて見つかる場合と先から分かる場合といろいろあるわけなんですけどね」
橋本弁護人=「あなたは鑑定書を作成するときに今見ている石膏を受け取ったわけですね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「それ以前、鑑定嘱託される以前にそれを見たことはありませんか」
証人=「ありません」
橋本弁護人=「あなたが石膏を受け取ったときは対照資料の地下足袋も一緒に受け取ったのですか」
証人=「そういうことです」
橋本弁護人=「仮に対照地下足袋が存在しないとして、その石膏だけを見て、この痕跡は破損痕である、この痕跡は土の固まりによって生じたものである、という区別が出来ますか」
証人=「出来るものと出来ないものとあります」
橋本弁護人=「絶対に出来るとも絶対に出来ないとも言えないわけですか」
証人=「そういうわけです」
橋本弁護人=「鑑定書を作成する以前に、足跡のことについてあなたの意見を聞きたいということはありませんでしたか」
証人=「私に対してはありませんでした。これとこれとの鑑定をしてもらうからとの電話依頼はありましたが、現物を先に見せられてどうこういうことはありませんでした」
橋本弁護人=「現場足跡の特徴についてという警察官の作ったものらしい報告書がありますが、そういう報告書を作るについてあなたのような専門家の意見が聞かれたことはないかということを聞きたいのですけれども、あなたについてはないのですね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「関根さんがそういう報告書を作成したとかいうことはどうですか」
証人=「関根さんがしたかも知れません。私はその点については記憶ないというか、分かりません」
橋本弁護人=「(前同鑑定書の鑑定図第五図を示す)その右側の写真に白く光って見えるようなところがありますが、それは何ですか」
証人=「畑の泥に固まりか何かがあり、それを地下足袋で踏んだときにいくらか窪みが出来、それを石膏で取ると出っ張りになるわけですが、それが洗ったりしたために白くなったのではないでしょうか」
橋本弁護人=「(前同押号の五の3の石膏を示す)それをその石膏で示すとどこになりますか」
証人=「これ(右第五図の右側の写真にD、Eと示されているところに相当するあたりを指示)がそうです」
橋本弁護人=「それを言葉で表現できませんか」
証人=「言葉で表現するのが難しいので、写真を添付し写真で表現しているわけです。場所は踏付部の中央より内側ということになります」
橋本弁護人=「そこに白く光る直径五ミリか六ミリぐらいのものがありますね」
証人=「はい。ここは出っ張っているので手で洗うと強く当たり白く見えるようになる場合が多いから、これも多分それと同じだと思います」
橋本弁護人=「(なお、前同押号の五の2の石膏を示す)その二つの足跡はあなたの鑑定によると縫付地下足袋の足跡であると判断していますね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「その根拠はどこにあるのですか」
証人=「両方の石膏に竹の葉模様が印象されていますが、これは縫い付地下足袋の特徴であり、切抜地下足袋にはこういうのは出来ないわけなのです」
橋本弁護人=「それから、もう一つは縫目の跡があるのですか」
証人=「五の2の石膏の外側の端のすぐ内側辺りの線が縫目のところに相当します」
橋本弁護人=「縫目の跡はあるのですか」
証人=「縫目の跡はありません。それは五の3の石膏でも同様です」
橋本弁護人=「縫目のところに相当する線というのは横線模様にくっついてあるのですか」
証人=「くっついてはいません。それより外側です。横線模様の外側を縫うのですから横線模様にくっついたところではありません」
橋本弁護人=「そうすると、五の2及び3の石膏の外側に線が見える、それで縫付地下足袋であると分かるわけですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「その線は切抜地下足袋でもできるのではありませんか」
証人=「切抜地下足袋ではできません」
橋本弁護人=「切抜地下足袋には竹の葉模様というのはないのですか」
証人=「九割九分ないのが普通です」
橋本弁護人=「あなたが五の3の石膏の足幅を約九.二糎内外と測ってますが、それはどこを測ったのかその現物で示してください」
証人=「竹の葉模様の外側付近です」
橋本弁護人=「測ったところを写真で特定し基点を明瞭にしていますか」
証人=「しておかなかったと記憶します」
橋本弁護人=「そうすると、現在ではどこからどこを測ったかは」
証人=「はっきりしたことは言えません」
橋本弁護人=「先ほど五の3の足跡はズレあるいは歪みがあるという風に言いましたが、そうすると足幅に影響があるのではありませんか」
証人=「影響があるでしょうね」
橋本弁護人=「その五の3の足跡についてはどうですか」
証人=「約か内外と謳ってあると思いますが、大体この辺だろうというところを経験による勘で測っているわけです」
橋本弁護人=「厳密には測らなかったということですか」
証人=「そうですね」
橋本弁護人=「普通、地下足袋の足幅はどこからどこまでを測るのですか」
証人=「大体地下足袋でも靴でも、足でいえば外側は小指の根元付近、内側は親指の下付近の一番の出っ張り辺り、その両者の間を基準にして測るのが普通でしょうね。大体そういう風にして測っています」
橋本弁護人=「そうすると、あなたが鑑定の際、その石膏を測った測り方はそれよりずっと下の方を測っていますね」
証人=「それほどでもないのではないですか。大体その辺ではないですか。小指の根元はその辺にいくのではないですか」
(続く)