アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 816

【公判調書2523丁〜】

                      「第四十九回公判調書(供述)」

証人=岸田政司

(裁判長は証人に対し、昭和四十六年三月十一日の公判においてした宣誓の効力を維持する旨を告げた)

                                            *

橋本弁護人=「あなたの鑑定書によると、右足の現場足跡について発進の際のずれがあるということですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「正確に言うと、ずれとはどういうものですか」

証人=「一回踏み付けて印象されたものが発進する際に、いわゆるずれることです」

橋本弁護人=「あなたの鑑定書には、印象状態より見て発進動作から生ずるずれであることは明確であるとありますが、ずれというのはどういうことを指すのですか」

証人=「要するに、一回付いたものが発進の際によじれた場合とか、いろいろの場合に印象が重複される場合をいうわけです」

橋本弁護人=「つまり、足跡が捻じれたりして二重に印象されることですか」

証人=「はい」

橋本弁護人=「そういう捻じれが生ずるには、ある場所を基点にして、ある部分が捻じれるということになるのでしょうね」

証人=「それは力の入れ具合によっていろいろ印象状態が変わりますから、それが全面的に出るとか出ないとかいうことははっきり言えないと思います」

橋本弁護人=「捻じれが生ずるからには足跡のある部分は固定していなければいけないわけでしょう。つまり、最初に地面に足跡が印象され、そしてその足跡のどこかを基点にして動くと捻じれというか重複というかが生ずるわけでしょう」

証人=「はい」

橋本弁護人=「本件の現場足跡の右に捻じれがあるそうですが、どこが基点になっているのですか」

証人=「要するに最初印象された場所が基点でしょうね。最初重心がかかった所が一番印象されるところが多いわけですね。それで、発進する場合には重心が移行すると思うんです。それによって第二点にかかってゆくと」

橋本弁護人=「発進する場合に捻じれが生ずるのですか」

証人=「この場合には、印象されてそれから進む時にでしょうね」

橋本弁護人=「すると、発進する場合でなくても考えられるわけですね」

証人=「発進する場合でなくても考えられるでしょうね。重心が移行し力の入れ具合が変わればですね」

橋本弁護人=「本件の現場足跡では発進の際の重心の移動によって基点が変わってずれが生じたのであろう、と考えるわけですか」

証人=「そう推測しています」

橋本弁護人=「本件の現場足跡では最初はどこに重心があったと見るのですか」

証人=「踏付部あるいは踵。大体踵から印象されるのが普通ですね。踵から踏付部に行ってそれから徐々につま先に行く、平らな場所であればそういうことが言えると思います。凹凸のある所ではまた変わると思いますが」

橋本弁護人=「本件の足跡ではどうですか」

証人=「私が印象したのではないから分かりません」

橋本弁護人=「ずれがあるのはどこどこですか」

証人=「欠損している場所にある程度はっきり現れているので、そこを指しているわけです」

橋本弁護人=「そうすると、前提として現場足跡に欠損の跡があるということですね」

証人=「欠損だろうと推測したのがあるわけです」

橋本弁護人=「推測ですか」

証人=「ええ。初め犯人が履いたと想定した履物を考えないで、足跡を見た上で、これは多分欠損ではないかなと推測したわけです。この事件の足跡についてこれは欠損だとはっきり分かるところは一部を除くとあまり考えられない、と私は最初に思っていました」

橋本弁護人=「まず現場足跡の右についてですが、あなたはずれがあるということをどういう痕跡を見て認定したのですか」

証人=「そこに欠損らしいものが見受けられるということと、足幅が多少違うのではないかということからです」

橋本弁護人=「足幅が違うとは何とが違うということですか」

証人=「地下足袋の資料をある程度集めてあり、そういうものによってそういう見解をとったわけです」

橋本弁護人=「普通標準の地下足袋の足幅と現場足跡の足幅とが違うという意味ですか」

証人=「これは多分いくらか広いのではないかと推測しました」

橋本弁護人=「標準よりも広いから、ずれがあったのではなかろうかと考えたのですか」

証人=「そうですね」

橋本弁護人=「地下足袋について足幅というのは足長と関係があるのですか」

証人=「若干あります。足長が長くなると足幅もそれに比例して広くなるのが常識です」

橋本弁護人=「九文七分の地下足袋が押収されていますが、九文七分の地下足袋の足幅というのは決まっているのですか」

証人=「決まっているとは言い切れません。メーカーにより広く作るところもあるし狭く作るところもあるし、いろいろありますからはっきりしたことは言えません」

橋本弁護人=「どの程度の差があるのですか」

証人=「寸法で言えば二ミリないし三ミリぐらい、あるいは五ミリぐらい違うのもあります」

橋本弁護人=「同じ九文七分という地下足袋でもメーカーにより長さが違いますか」

証人=「メーカーによって若干違うのが普通でしょうね」

橋本弁護人=「足長も足幅もメーカーによって少し違うわけですか」

証人=「若干違うのがあるでしょうね。ゆとりを持って作ったメーカーのは足幅も広いし足長も長くなります」

橋本弁護人=「あなたは今足幅が少し広いと思ったと言いましたが、普通はどのくらいだと考えたのですか」

証人=「足跡を見てこれだけ湾曲していると、それによってどうしてもずれが起こるということが、ある程度考えられることは普通です」

橋本弁護人=「通常の地下足袋の足幅はいくらですか」

証人=「現在は忘れました」

橋本弁護人=「あなたはずれがあるという根拠の一つとして足幅が少し広いように思うということを挙げたから、それでは普通この程度の足長の地下足袋の足幅はどのくらいかと尋ねているのです」

証人=「私の方に地下足袋の資料があり、それによって判断したのです」

橋本弁護人=「普通の地下足袋の足幅は何センチぐらいあるのですか」

証人=「それは忘れました」

橋本弁護人=「あなたは今も鑑識の仕事をしているのでしょう」

証人=「はい」

橋本弁護人=「忘れるとか忘れないとかいう事項ではないでしょう」

証人=「現在は九文七分という表示を使っている地下足袋はあまり販売されていないわけです」

橋本弁護人=「しかし鑑定書には二四.五センチと書いているわけでしょう」

証人=「しかしそれは約八年も前のことです」

橋本弁護人=「二十四.五センチ内外が現場足跡の足長でしょう」

証人=「はい」

橋本弁護人=「その程度の足長の地下足袋の足幅はこのくらいだと決まっている幅はいくらかと聞いているのです」

証人=「ですから、忘れました」

橋本弁護人=「この鑑定をした当時は資料によってこの程度の足長の地下足袋の足幅を知っていたのですね」

証人=「もう少し具体的に申し上げますと、私の方では当時捜査をしている方からこのくらいの大きさの地下足袋だという連絡を受け、先にこの地下足袋を見てやっているわけではないのです」

橋本弁護人=「足幅を知っていたのか、ということを聞いているのです」

証人=「現在は忘れました」

橋本弁護人=「知っていたかどうかも忘れたというのですか」

証人=「いいえ、現在はその寸法を忘れました」

橋本弁護人=「当時は知っていたのですか」

証人=「そうです」

橋本弁護人=「九文七分あるいは二四.五センチ内外と長さが特定されているそれくらいの長さの地下足袋の標準的な足幅というのがあるわけでしょう」

証人=「はい。あります」

橋本弁護人=「それはどのくらいなのですか」

証人=「何センチ何ミリかと言われると分からなくなってしまいます。測り方によっても多少違いますしね」

橋本弁護人=「とにかく今は分からないということですか」

証人=「そうです。忘れました」

(続く)

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端的に言えば、石川一雄被告宅から押収された地下足袋と現場で採取された足跡(石膏)とは、サイズの違いは明らかであるが、しかし裁判という性質上、法廷ではこれらの点を深く細かく掘り下げてゆく。

地下足袋の先端と後端に見える点線は現場で採取された石膏の大きさであり、押収された地下足袋はそれに比べやや、小さい。